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PIOの新ブログ

ニュース

2017年3月11日 (土)

合奏のテンポ

「なぜ合奏の演奏テンポは無意識のうちに速くなってしまうのか? - 東大が解明」
というニュース。(@niftyニュース)

東京大学(東大)は、音楽を演奏する際、演奏のテンポがしばしば意図をしていないにも関わらず速くなってしまう、いわゆる演奏/テンポが「走る」と呼ばれる現象について、一定リズムを保つタッピング課題を2人組で行う場合、2人の間で起こる時間的に非対称なタイミング調節により起こり得ることを明らかにしたと発表した。

ということだそうです。
要するに、ステージ発表本番で緊張したから、云々
という理由抜きで、
「合わそう」とすれば、どんなペアでも必然的に速くなるのだとか。

将来的に、音楽パートナーの行動をアルゴリズムレベルで理解することにつながるほか、合奏の練習を支援する環境の開発につながる可能性があると考えられるとしている。

と結んでいますが、この部分、よくわからない。。。

合奏のテンポにとどまらず、デュオで何かしようとすれば、
「合わせよう」という意識はあれど、「非対称」がトラブルを引き起こすもの。

それをつくづく実感している、ここ数日です。

ハッと気づけば、震災から6年の今日。
それに比せば、こんなトラブル、小さな小さな、とるに足りないもの…
と思えるのですけれど。

いまや、震災も津波も、全くの未知の出来事……という留学生も多々。
Time flies.

2016年11月 9日 (水)

トランプ大統領への反応

アメリカ大統領選挙、びっくりの結果となりました。
イギリスのユーロ離脱も記憶に新しく、
今回も同じように、下馬評覆す結果だったりして……と思ってはいましたが。

で、夕刻の家事をこなしつつ、NHKラジオをつけてみると、
アメリカの弁護士、ケント・ギルバート氏に、数名の大学教授陣、専門家で
座談会のようにして、この件を語り合っていました。

あっけらか~んと明るい口調で、わいわい楽し気な語り口。
その論調は、というと……

 現実の大統領となれば、選挙中の宣言どおりに動くことは不可能だろう
 「公約すべて守れ!」と本気で思っている国民も少ないだろう
 政治的なあれこれ、周囲の共和党議員のフォローでこなせるはず 
 大統領本人は理解していないことが多く、これからが勝負!

それで、日本としては、

 今までの「アメリカ親分についていきますぜ!」といった追随モードを脱し、
 日本自らがイニシャティブをとって、国際関係を築いていくモードに移行しよう!

 トランプ大統領は、ロシアのプーチン大統領と近しい関係を築こうとしているし、
 損得勘定で、中国とも近しくなる可能性もある。
 ぼやぼやしていると、日本は取り残されるぞ!
 12月にプーチン大統領訪日の日程を組んでおいたのはお手柄。
 日露関係も、新たな局面を迎えることになるだろう。
 よくわかっていないトランプ大統領に、
 日本に関する妙な誤解をきちんと正し、彼の食指が動くような政治的提案を
 日本側から出していくチャンス到来!!

全体的に、「さあ、チャンス!と思おうぜ♪」というムードでしたが、
何やら、やけくそ気味の匂いも??

思い出したのは、民主党が政権をとったときの同様の放送。
あのときも、
「日本が生まれ変わるチャンス到来! 新たな世の中へレッツ・ゴー♪」
みたいな明るいノリでしたが、結果は………┐(´д`)┌ヤレヤレ

これからの世の中、どうなっていくのでしょうか。。。。

2016年7月29日 (金)

中村紘子さんの訃報

今朝、このニュースを知って本当に驚きました。

つい先日の3月には、その美のオーラを間近に拝見していただけに(→)。
そして2月には、
浜松国際アカデミー20周年記念に、
ずっと主宰されて来た紘子氏の深~い話を聞いていただけに(→)。

紘子氏いわく、
20年前には、
ウクライナからの受講生が、演奏最中に演奏を止めて涙していた。
指導者としての自分が威圧したのかと危惧して問うと、
「ピアノの音色がこんなに美しいことに感動して」
と受講生。私の国には音程も音色も狂ったピアノしかないのです、と。
また、東南アジアからの受講生は
「全部の鍵盤がそろったピアノを生まれて初めて見た」と目を輝かせたとか。

紘子氏、こうしたスピーチ、そして著作のセンスも際立っていたと思います。
拙ブログでも、こうした形での紘子氏の発信について度々触れています。
  • 2007年チャイコフスキー国際コンクールへの苦言(→
  • 著書『ピアニストという蛮族がいる』(→
  • 1990年のショパンコンクールでは審査委員長(→
紘子氏の素敵な言葉、活動に、ただ感謝。
大輪の花が散って、
一つの時代が終わったかのような淋しさを覚えます。
浜松国際ピアノアカデミー、そしてコンクールが、
紘子氏の心を受け継いで、今後も発展していきますように。

ご冥福をお祈り申し上げます。
 

2015年1月22日 (木)

薄~くなったチョコレート

板チョコ1枚の重さ、ご存じでしょうか?

2007年頃までは、1枚75g
2008年からは、1枚65gだったようです。(→

今は……
大手メーカーのものが50g
スーパーのプライベートブランドのものが52gです。

大手、2014年の夏ごろまでは55gだったようです。
7年ほどの間に、3分の2の大きさになってしまいました。
カカオ豆の生産量が減少していることが大きな理由で、
それには、エボラ出血熱の流行も関係しているという説も。
世界はつながっているのですね。

気づけば、Valentine Dayまで、あと3週間ほど。
……チョコがちっちゃくなるのやら、値段が高くなるのやら。

チョコレートでお祭り騒ぎなんて…
と、冷ややかな気分になったりもしていましたが、
物騒なニュースも多い昨今、
甘いチョコレートを楽しんで贈り合える世の中って、
実にありがたいものなんだな、とも思います。

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2014年9月10日 (水)

デング熱対策@シンガポール

今、ホットな話題になっていますね。
デング熱。
はじめは「天狗熱」と思った方も多かったとか。

実は私、シンガポールに4年間ほど住んでいたことがあり、
当地では「Dengue fever」が報道されていたので、
以前から馴染みがありました。

どう報道されていたかというと、
「蚊の駆除が必要なのだっ!」
と、国民を教育するため、だったと思います。
(たまに死者が出た、こんな重い症状もある、という折を捉えて)

シンガポールは 「Fine Country」とも呼ばれていて、
このFineは「美しい」と「罰金」の掛詞になっているのですが、
蚊の駆除でも、まさに罰金、大活躍。

健康局(ministry of health)の人が、抜き打ちで
家庭訪問にやってきまして、家じゅうの「水たまり」をチェ~ック!
私はガーデニングの趣味などない無骨者ですので
水たまりそのものが家の中になく、お咎めなしでしたが、
友人の中には、植木鉢にぼーふらを発見されまして、
罰金、受けた人もいました。
それも、1回目で5000円ぐらい。
複数回になると、罰金額が倍額、倍額、となっていくとか。

これは大変!ということで、
シンガポール国民全員が「蚊、発生させるまじ!」の共通認識を抱いているというわけです。

逆にいえば、これくらいのことを実行しないと、
蚊の駆除なんてできない、ということでは?
当時は、
「シンガポールは赤道直下の熱帯だからね~。日本とは違うわ」
なんて思っていましたが、今や地球温暖化の世の中ですから。

いま、蚊の駆除がなってない!
と、お役所が叩かれたりしていますが、それは酷というものでは?
蚊を撲滅させるなんて、あまりにも壮大なプロジェクト。

でも、わたくし、
今や日本国中のお医者様がデング熱を認識された以上、
たとえ感染したって、

もはや大事には至らないだろう…と考えております。ハイ。

2014年2月10日 (月)

話題のニュースに寄せて

あの話題の作曲家S氏が、実は……
という衝撃ニュースが駆け巡って5日が経ちました。

たぶん今後、この問題についていろいろと検証され、
掘り下げられていくのでしょうが、
今のところ私の感じることを記しておこうと思います。

私、彼の(と言われていた)曲を聴く前、2年以上前に
彼の自伝を読んでいますし、
交響曲の東京初演も、友人に誘われて聴きに行っています。
自伝のレビューを書かなかったのは、書きたくなかったから
……備忘録として残す価値はない、と判断したからですし、
初演の演奏は、
話題になったCDを録音した交響楽団によるものではなかったためか、
あまり良い印象を残しませんでした。(→

というわけで、今回のニュース、
私個人としては、別に大ショックを受けたわけではありません。
けれども、いろいろ考えることはありました。

まず、「書く」ということについての契約です。
実作者N氏は、現代音楽の正真正銘の作曲家ということで、
商業ベースに載せようと目論む曲を、一職人、請負人として書き、
その請負労働について報酬を受ける
ということは、ある意味、当たり前の契約だったのだろうと思います。
最初の依頼は映画音楽だったとのことですし。

例えば、教育現場にいる人間が、出版社からの依頼を受けて
かっちり指定された枠組みに合わせて「ドリル問題」を作る
というようなケースと似ていると思うわけです。

このような場合、
出された条件で「作る」には専門性が要求されるとはいえ、
著作権が発生するレベルには至らないだろう、と。

そういう意味で、私はN氏の行動はよく理解できます。
まして、出会いの初期において、S氏の情熱に深く共感したり、
共同作業で作り上げていく喜びを感じたりしていたのであれば、
「S氏の指示により職人的に曲を書く」
ということを罪と感じることはなかったでしょう。
普通はなかなか売れない交響曲、室内楽曲などが話題になり、
売れていく……それだけで嬉しい、というのもわかります。

その後、自分の意図しなかった大きな力が働いて、
とんでもない方向に物事が動くのを茫然と見つめていたN氏が、
「この図式の拡散が世界規模になる」ことに慄然として…
というのが、今回のカミングアウトの真相では、と思います。

それから、報道の正確さ。

5日早朝に聞いた、私にとっての第一報は
「S氏の弁護士が、……と発表した。実作者とされる人物に連絡を取っているが、今のところまだ返事がない」
という、NHKラジオの報道でした。

それで私、この時点では
「S氏が腹を括って真実を公表したが、驚いた実作者が逃げている」
と理解したのでした。……事実は全然違いました。

情報に対するリテラシー、大事ですね。

2012年12月12日 (水)

勘三郎さんの息子たちの言葉

昨日のネットニュース記事より引用します。
勘三郎さんの長男の勘九郎さん(31)、次男の七之助さん(29)が、
京都・南座で行われている勘九郎襲名披露公演で述べたという口上から。

勘九郎さん:
「父の肉体が、歌舞伎のためにささげた肉体が、この世にないのかと思うと、悲しさよりも悔しさがこみ上げて参ります」
「どうやったらあのようないい形になるんだろうと、躍動する父の肉体が、私は大好きでした。目標でした。それは一生変わりません」
「その目標に少しでも近づくために、弟・七之助、中村屋一門の者立ちと一生懸命努力、精進いたします」
七之助さん:
「大好きな父は旅立ってしまいましたが、いつまでも下を向いているわけにはいきません。父にも『お前は兄の襲名を支え続けろ』と言われました。その言葉を胸に刻み、魂を引き継ぎ、この後も兄弟仲良く芸道に精進していく所存です」
******************************
なんだかジーンとしてしまいました。
勘三郎、こういう息子を育てた父親としても偉大だったんだなあ、と。
つくづく惜しまれます。
そして、彼らを、健気な二人を応援したくなりました。

2012年12月 9日 (日)

勘三郎さんを悼んで

12月5日、お弁当を作りながらのいつもの早朝ラジオで、
中村勘三郎さんの訃報のニュースを聞き、思わず料理の手が止まりました。

えっ?あの勘九郎さん、よねえ?
嘘っ!

実は私、大学時代、歌舞伎をけっこう見ていました。
寮のルームメイトが、染五郎(今の幸四郎)のファンだったこともあり、
歌舞伎座、学生割引の3階席に、たびたび足を運んでいたんです。
はるか上から舞台を見下ろす席のため、
舞台奥のほうにいる役者は「クビちょんぱ」状態でしか見えない
という席ですが、何しろ安いうえ、短時間で出入りOK。
当時の私は、もっぱら坂東玉三郎&片岡孝夫(今の仁左衛門)
のお二人が目当てでした。

大学卒業(すっごい昔)以来、歌舞伎鑑賞とはとんと御無沙汰ですが、
やはり歌舞伎界のニュースはあれこれ気になっていて、
勘三郎さんの活躍ぶりを見聞きするにつけ、
こんどは、彼を目当てにして久々に生舞台を見に行ってみようかな~
なんて考えていたのでした。

まさか、こんな形で、それが不可能になるなんて、
思ってもみませんでした。

今、NHKで彼の追悼番組をやっています。
1時過ぎから4時までという長丁場の番組で、
とても全部は見られませんが、一部を見ただけでも、
彼のバイタリティーには圧倒されます。

この番組を見て驚いたのが、彼の踊り。
私、日本舞踊には全く疎いのですが、
かっぽれみたいな高い下駄をはいて、まるでタップダンスのように
床を踏み鳴らしつつ、ステップを踏んでいる姿に、ただびっくり。
こんな日本舞踊があるのかっ!このリズム感、凄すぎるっ!
……ほんとに、生で、見てみたかったです。

久々に、大学時代のことなども思い出されました。
ご冥福をお祈りいたします。

2012年11月28日 (水)

モーツァルト・トリオ

今朝、家族がつけっぱなしで出かけたテレビから、
なんとも美しいメロディーが聞こえてきて、思わず手を止めました。

■藤原真理(チェロ)、
■ジャン=ジャック・カントロフ(ヴァイオリン)、
■ウラディミール・メンデルスゾーン(ヴィオラ)

の3名による弦楽三重奏団、「モーツァルト・トリオ」についての
報道&インタビューのニュースでした。
弦楽トリオというのは珍しいのだそうですね。
3名ともにソロの技量が求められるうえに、
3名の目指す音楽の方向が一致していないとうまくいかないので。
このトリオは、その条件をぴったり満たす、奇跡的な組み合わせ
という話でした。

1980年代に活躍し、その後20年以上、活動を停止していたトリオ、
その久々の復活コンサート。
石川、福井、京都、東京での公演があるようです。
カントロフは、今回の日本公演を最後に、ヴァイオリンを置き、
指揮者活動に専念するのだとか。

藤原さん、60代になられて、
「もう一度、この3人で演奏する経験なしには、死ねない」
と感じ、今回の復活コンサートを呼びかけられたのだとか。

そういう仲間がいるって、素晴らしいですね。。。
TVで紹介された、3名の歴史を感じる映像を写真に撮ってみました。

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2012年11月 7日 (水)

大使のピアノ演奏

朝のラジオニュースで知りましたが、
パキスタン大使の方って、
アジアのショパン国際ピアノコンクール・アマチュア部門で金賞受賞
されるほどの方なのですね。

ピアノの腕を国際親善に役立てるなんて、すごいなあ。
→ 国交樹立60年祝い大使が演奏 (NHKのサイトに飛びます)