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2017年4月 7日 (金)

『孤独な祝祭 佐々木忠次』

Sasaki_2追分日出子

『孤独な祝祭 佐々木忠次 バレエとオペラで世界と闘った日本人』
文芸春秋 2016


バレエにもオペラにも疎い私、
インプレサリオ(興行師)という言葉も知らず、
ミラノ・スカラ座招聘にかかった年数(16年!)、
オペラの引っ越し公演の大変さ(ステージの造りがそもそも違う!)
等々、初めて知ることばかりでした。

また、日本が西欧文化に親しんでいく経緯と、
昭和人間の私自身の歴史とをリンクさせて読める点もおもしろかったです。
例えば、1933年生まれの佐々木氏の節目となったという1961年(私が生まれる前の年)
は、ジョン・F・ケネディの米大統領就任、ソ連のガガーリン宇宙飛行、
ベルリンの壁建設の年にして、日本では「所得倍増計画」発表の年であり、
上野の東京文化会館が完成した年。
1983年(私は大学在学中)は、蜷川幸雄演出「王女メディア」の初の海外公演で
能や歌舞伎以外の舞台芸術の海外発信開始年であり、
ベジャールが初めて東京バレエ団に振付指導をした年
(ベジャール作、忠臣蔵を元にしたオリジナル・バレエ「ザ・カブキ」として結実)。
ベジャールも、一昨年のジルベスタ・コンサートで引退の「ボレロ」を披露したギエムも、
佐々木氏の力で日本との関係を深めたのですね。

東京バレエ団が「世界五大バレエ団の一つ」と言われるほどの地位にあること、
そうなるために赤字覚悟の欧州公演を何度も経てきたこと、
日本人の特質を生かそうと統一のとれたコール・ド・バレエ(群舞)に力を入れて
評判を博したこと等々、なるほど~と思うことがたくさん。

舞台芸術に理解を示さない日本政府、外務省(大使館)に対する怒りにも納得。
佐々木氏の生き方そのものが日本社会の特質をあぶり出しているように思えました。

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