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2016年3月 3日 (木)

『羊と鋼の森』

Htsujitohagane 宮下奈都 『羊と鋼の森』 文藝春秋 2015

若い調律師を描いた、直木賞候補作。
やっと図書館の順番が回ってきました。
私の心が弱っているせいか、
あちこちでボロボロ涙が出て困りました。
お涙頂戴のストーリーでは全くないというのに。

例えば、
主人公・新米調律師の外村が、新規の顧客宅に赴き、
唖然とするほど音程の狂った、
それでも弾かれた痕跡のある傷んだピアノを調律する場面。

調律後、
「首まわりがたるんでよれよれになったスウェット」を着て
「人と目を合わせもしない」依頼人の青年に試弾してもらうと…

ド、は思いがけず力強かった。青年はピアノの前に立って、一本の指でドを弾いたまま動かなかった。ドだけでは調律の具合はわからないだろう。できればもう少し弾いてもらえないか、と声をかけようとしたとき、彼はゆっくりとふりかえった。顔に驚きが表れていた。その目は一度たしかに僕の目と合い、それからまた外された。彼は人差し指を親指に替え、もう一度ドを弾いた。それから、レ、ミ、ファ、ソと続けた。左手を身体の後ろで振るようにして、椅子を探した。…(p.144)

そして青年は、調律前より空気が和んだ中で、「テンポがゆっくりすぎ」るショパンの子犬のワルツを、「青年自身が少年のように、あるいは子犬のように、うれしそうに弾いているのがよく伝わってくる」演奏をするのです。
上記は、メインストーリーの中に挟みこまれた小さなエピソード。
ストーリーそのものをここに書いてしまうのは反則でしょうから、あとは、
私がはっとした表現を少しだけ抜き書きします。

先輩調律師たちのことば

「焦ってはいけません。こつこつ、こつこつです」
「この仕事に、正しいかどうかという基準はありません。正しいという言葉には気をつけたほうがいい」
「こつこつと守って、こつこつとヒット・エンド・ランです」(pp.15-16)

「才能っていうのはさ、ものすごく好きだっていう気持ちなんじゃないか。どんなことがあっても、そこから離れられない執念とか、闘志とか、そういうものと似てる何か。」(p.125)


ピアニストを目指す女子高生のことば

「ピアノで食べていこうなんて思ってない」
「ピアノを食べて生きていくんだよ」(p.175)


そして、
外村が、尊敬する調律師に「目指す音」を問うた答えとして返ってきた、
「原民喜が、こんな文体に憧れている、と書いている」表現

明るく静かに澄んで懐かしい文体、
少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、
夢のように美しいが現実のようにたしかな文体  (p.57 他)


いろんな意味で、読んでよかった…と思います。

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コメント

女子高生のことば、いいですね♪
私も、絵や書で食べていく、でなくて、
絵や書を食べて生きていきます!

晴れ女さま

ほんとに。このフレーズは印象深いです。

芸術を自分の「道具」にするなんて考えていない
真剣勝負で立ち向かって、自分の一部として取り込んでいくんだ
という覚悟が、ダイレクトに伝わってきます。

小説の中では、その言葉を聞いて
「部屋にいる全員が息を飲んで」、「静かに微笑んでいるような」女子高生の顔を見つめます。

彼女と同様に、そうやって宣言できるん晴れ女さんもお見事!拍手喝采♪

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