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2016年2月

2016年2月28日 (日)

清水和音ピアノ・リサイタル@八王子

宮地楽器主催
清水和音ピアノ・リサイタル~響きわたる歓び~

2016年2月28日(日)14時15分開演 16時終演
オリンパス八王子 大ホール

<プログラム>

ベートーヴェン ピアノソナタ第14番 嬰ハ短調Op.27-2「月光」

ベートーヴェン ピアノソナタ第23番 ヘ短調Op.57「熱情」

~休憩~

ショパン  舟歌 嬰へ長調 Op.60

ショパン  バラード第4番 ヘ短調 Op.52

ショパン  2つのノクターン(第17・18番) Op.62

ショパン  ポロネーズ第6番 変イ長調「英雄」 Op.53

アンコール

プーランク  即興曲第15番「エディット・ピアフをたたえて」 

プロコフィエフ 組曲「3つのオレンジへの恋」作品33bisより第3曲「行進曲」

***************

久しぶりに聴いたベートーヴェンのソナタ。
繊細なピアニシモと、ダイナミックなフォルテシモの対比も鮮やかで
手のうちに入り切った、安定感たっぷりの演奏でした。

ショパンは、ショパコンで聴きつくした感があるためか、
ちょっと大味かな、といった印象。
大ホールに「大入り満員」の聴衆、という状況に合わせたのかもしれませんが、
もう少し方の力を抜いて、お洒落にまとめてもよいのでは…と感じました。

楽器店主催のリサイタルで、私も含め、招待券で来場した聴衆が多く、
クラシック音楽に馴染みのない方や子供たちが大きい割合を占めていた模様。
聴衆側の集中力がいまひとつだったことが、ちょっと残念でした。
「会場と一体になっていい演奏が生まれる」
とよく言われますが、逆説的な意味で「なるほど」と思いました。

もっとも印象に残ったのはアンコールの2曲だったかも。
洗練されたセンス、民族的リズム、洒脱性、さすがでした。

2016年2月27日 (土)

第17回ホテルオークラ音楽賞

20160227_083951498_ios 第17回ホテルオークラ音楽賞
 授賞式・受賞記念演奏会

2016年2月27日(土)18時~19時20分
ホテルオークラ東京2F メイプルルーム

<演奏曲目>
note崔 文洙(ヴァイオリン)
  崔 仁洙(ピアノ)

20160227_141840264_ios ブラームス/ ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 Op.100

モンティ/  チャールダッシュ

note上野 星矢(フルート) 
  宇根 美沙惠(ピアノ)

グルック/  精霊の踊り

ビゼー/  カルメン間奏曲

ボルヌ/  カルメン幻想曲

松任谷由美/  春よ、来い

note上野 星矢(フルート) note崔 文洙(ヴァイオリン)
  崔 仁洙(ピアノ)

ヘンデル トリオ・ソナタ 変ロ長調 HWV388

***************

招待券に当選した妹に感謝!(私は今年も落選…)

「日本の音楽界の向上のために精いっぱい頑張っていきたい」
という崔さん、
「世界中を飛び回り、地球という星の多くの人と音楽を共有したい」
という上野くん、
それぞれの個性の生きたリサイタルでした。

「若手ホープ」と思っていた上野君、もう27歳と聞いてびっくり。
演奏にも円熟味が加わってきたと感じました。
物凄い超絶技巧力でありながら、ごく自然に聴こえて、
ちょっと「これ見よがし」感のあった以前とは大きな差が。

豪奢で、演奏者との距離も近い、ぜいたくな空間。
同じピアノなのに、伴奏者2名の音色がまったく異なって聴こえました。
アンサンブルでピアノの果たす役割は大きいですね。

最後のトリオ、フルート&ヴァイオリン&ピアノは、
一時期、私も演奏した経験のある組み合わせで、
バロックという曲目も懐かしく、感慨深く聴きました。

実は私、本日午前・午後は仕事絡みのセミナーに参加。
その足で駆け付けたのでしたが、
無理した甲斐のある、素敵な時間でした。

2016年2月26日 (金)

バッハ・コレギウム・ジャパン 第116回定期演奏会

20160226 バッハ・コレギウム・ジャパン 第116回定期演奏会
バッハ:世俗カンタータシリーズ Vol.7

2016年2月26日(金)19:00開演 21:10終演
東京オペラシティ コンサートホール

ハナ・ブラシコヴァ(ソプラノ)
青木 洋也    (アルト/ カウンターテナー)
チャールズ・ダニエルズ(テノール)
ロデリック・ウィリアムズ(バス)

バッハ・コレギウム・ジャパン(合唱・管弦楽)
鈴木 雅明(指揮)

<プログラム>

オルガン協奏曲 ト長調 BWV 592
(オルガン独奏:鈴木優人)

汝の果報を称えよ、祝福されしザクセンよ BWV 215

~休憩~

静かに流れよ、たわむれる波よ BWV 206

***************

招待券を譲り受けて、足を運んだコンサート。
初のバッハ・コレギウム・ジャパン、堪能しました。

あれ?世俗カンタータって何だろう。
教会カンタータっていうのは聞いたことあるけど…
というお粗末な状態で臨んだのですが、
指揮の鈴木雅明氏が、第2部の冒頭で解説してくださいました。

世俗カンタータとは、宮廷カンタータともいい、
宮廷の人物を称えて作曲されたもので、
音楽的には教会カンタータと差がないと言ってよい。
今回のカンタータは、ザクセン選帝侯アウグストⅡ世を称える曲で、
冒頭のオルガン協奏曲も、宮廷つながりでの選曲。
第2部のBWV 206は、アウグスト王がポーランド王ともなった史実を背景に
ヴァイクセル川(バス・ポーランド)、エルベ川(テノール・ハンブルク)、
ドナウ川(アルト・ハプスブルク家)、プライセ川(ソプラノ・ライプツィヒ)が
競い合うという物語である。

合唱団はソリスト4名(ソロがない時は合唱団に合流)を含めて17名、
古学期のオーケストラは20名程度。
そのアンサンブルのバランスが絶妙でした。美しい。
金管(右手のみで楽器を掲げ、左手は腰に当てるというスタイル)3名、
木管ではフルート3名、オーボエ2名、
そしてコンサートマスター
といった方々の、ソロ演奏に近い曲想も織り交ぜて、
さまざまな音色が楽しめました。
楽団員の構成が、上記の他にヴァイオリン5名、ヴィオラ2名、
チェロ、ヴィオーネ、ファゴット、チェンバロ、ティンパニ、各1名
というのですから、全員ソロ演奏のようなものですね。

言うまでもなく、歌声も素晴らしかったです。
バッハ、さすがです。

2016年2月24日 (水)

英国の夢 ラファエル前派展

20160224_070448_2リバプール国立美術館所蔵
英国の夢 ラファエル前派展

火曜日の夕刻、美術展へ足を運んできました。
美術というと、ヨーロッパ大陸のいろいろな場所
…イタリア、フランス、オランダ、ドイツ、北欧…
と心に浮かびますけれど、英国はちょっと。
20160224_141922 …大英帝国時代に世界各地から略奪したものがメインでしょ?…
なんて考えていた私。

すみません。浅はかでした。
ロセッティ、ミレイ、ハント…すべて初めて知る名前ばかりですが、
絵はとても親しみやすく美しくて、まさに心がなごみました。
画像は、Bunkamuraザ・ミュージアムのホームページから
お借りしてきたものです。

そして、さらに意外だったのは、
リバプール国立美術館というのは、一か所の建物ではなく、
かつての財界人のお屋敷など、
美術品蒐集家によるコレクションを所蔵・展示する
リバプール近郊、数か所の美術館の総称であるということ。
しかもすべての美術館が、
  • entrance free
とあって、これまたビックリでした。

2016年2月22日 (月)

『つまをめとらば』

20160222book 青山文平 『つまをめとらば』 文藝春秋 2015

今回、直木賞を受賞した時代小説。短編6篇を収録しています。
最後の短編のタイトルが「つまをめとらば」ですが、
ただ、それだけではなく、
6篇すべて「つまをめとる」「めとられる」に関連する内容です。

最近は、短編の連作小説というと、
登場人物が共通したり、同じ物事を異なる視点から描いたり
といったタイプが多くなっているように感じますが、
これは、それらとは異なります。
共通するのは、江戸時代の武士の世界を描くことでしょうか。
ある意味、古典的な短編集ですが、逆に新鮮に感じました。

語り口のバリエーションも豊かなことも、また新鮮。
試しに小説の冒頭文を並べてみると、次のようになります。

「なんだ?」
長倉克己は怪訝そうに言った。
(「ひともうらやむ」)

なんの商いとも見分けのつきにくい男が、神谷町の屋敷を訪ねてきたのは、妻の朋が急な心の臓の病で逝った二十日ばかり後のことだった。(「つゆかせぎ」)

神尾信明との縁組が決まったとき、民恵は嬉しい反面、気が重かった。(「乳付」)

石出道場でのいつもの稽古から戻って、高林啓吾が土間に入ると、兄嫁の理津が小茄子を漬けていた。(「ひと夏」)

下谷広小路は常楽院に分け入る三枚橋横町に、こうじ屋はある。
(「逢対」)

幼馴染みの山脇貞次郎が、屋敷の庭にある家作を貸してほしいと言ったのは、上野の御山の犬桜がほころび始めた頃だった。(「つまをめとらば」)

男の立場、女の立場、
結婚前の若者、新婚の若者、
婚期を逃しつつある年代の者、
老境を迎えつつある者、
舞台も、江戸あり、地方あり、飛び領あり。

読みやすく、さらっと読めました。、読後感もまた「さらり」。
私にとっては、気分転換の佳作とでもいう感じでした。

2016年2月20日 (土)

石田泰尚の華麗なる世界2016

20160220_132745100_ios 港南区民文化センター「ひまわりの郷」
オアシスコンサート
石田泰尚の華麗なる世界2016

2016年2月20日(土)14時開演 16時20分終演
港南区民文化センター「ひまわりの郷」ホール

ヴァイオリン:石田 泰尚
ピアノ:  中島 剛

<プログラム>

シューベルト/ ピアノとヴァイオリンのためのソナチネ第3 D408/op.137-3

グリーグ/  ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ短調 op.45

~休憩~

バッハ/ 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティ―タ第2番 ニ短調 BWV.1004

ピアソラ/ コレクション
  アディオス・ノニーノ
  レビラード
  天使のミロンガ
  ル・グラン・タンゴ

アンコール

ピアソラ/ タンゴの歴史より「現代のコンサート」
バッハ/ G線上のアリア
ガーデ/ ジェラシー
見岳章/ 川の流れのように

************

以前から、個性的な方だなあ…と目をひいていた石田氏、 
リサイタルを聞くのは初めて。(神奈川フィルのコンマスとしては→

後半のバッハ、ピアソラが圧巻でした。
いわゆるロマン派的な、伸びのある音色とは異なる響き。
野太く、切れのある音が魅力ですね。
豊かでたっぷりした音色が、時間が経つとともにますます朗々と。
ピアソラやアンコールでは、弦の根元を使って
とてもヴァイオリンとは思えない、ガリガリという音も奏でていました。
「使用楽器は1690年製Tononi」とありますが、
楽器自体の特性もあるのでしょうか。

聴衆の方にはろくすっぽ目もやらず、お辞儀もしたのかしないのか…
ポケットに手を入れてステージに出入り…
といったステージマナーに、びっくりしましたが、
アンコールのときにはマイクを手にして
「集中して聴いていただいて、ほんとうにありがたい」
といったスピーチをされて、二度びっくり。
媚びない美学、といったものなのでしょうか。

個人的には、ピアノの中島氏の演奏が大変参考になりました。
しなやか、やわらかな音色なのに、しっかりキレも感じるタッチ。
出るところ(とても少ない)をわきまえて、あくまでサポートに徹する
というスタンスで、
アンサンブルというより伴奏者としての演奏だったかと。
それでも、メリハリ効かせれば、存在感ばっちり!とよくわかりました。

2016年2月19日 (金)

『五色の虹-満州建国大学卒業生たちの戦後-』

20160219book三浦英之 『五色の虹-満州建国大学卒業生たちの戦後-』
集英社 2015

衝撃をうけました。

日中戦争当時の1938年、
満州国 新京市(現・長春市)に、

「民族協和」を建学の精神とし、
すべてを官費で賄う全寮制の大学
建国大学  が創設され、
日本人、朝鮮人、中国人、モンゴル人、白系ロシア人
の若者たちが、6年もの間、寝食を共にして学んでいた…。

当時の社会情勢の中にあって、
建国大学の入学生には「言論の自由」が存在し、
若者たちは、日々熱く、将来について語り合っていた…。

厳しい選抜を通った彼らは
「神童」「秀才」と呼ばれる、まさにエリート中のエリートでありながら
日本の敗戦となるや、過酷な人生を余儀なくされるのです。

本書は、そんな元「建大生」数名について、
新聞記者である筆者が、2010年に
日本、中国、韓国、モンゴル、台湾、カザフスタンを訪ね歩いて
取材したものです。

実は私自身、まだ本書の内容を消化しきれず、
うまく読後感を綴れないのが正直なところです。
モンゴル、カザフスタンに日本人抑留者の墓があるという事実すら
これまで認識していませんでした。

学問とは、生きる姿勢とは、社会とは…
これから、ゆっくり考えてみたいと思いました。
今日のところは、本書から少し抜き書きするにとどめておきます。
多くの人に読んでいただきたい本です。


◆1956年にやっと日本に帰国した元学生、百々の言葉(pp.101-102)
建国大学は徹底した「教養主義」でね……
在学時には私も
「こんな知識が社会で役に立つもんか」
といぶかしく思っていたが、実際に鉄砲玉が飛び交う戦場や
大陸の冷たい監獄にぶち込まれていたとき、
私の精神を何度も救ってくれたのは紛れもなく、
あのとき大学で身につけた教養だった。
歌や詩や哲学というものは、人が人生で絶望しそうになったとき、
人を悲しみの淵から救い出し、目の前の道を示してくれる。
難点は、それを身につけるためにはとても時間がかかるということだよ。

◆1943年、学徒出陣に向かう朝鮮人学生へ向けた元教師の言葉(p.211)
軍隊は民族にとってなくてはならない最大のものであり、
独立時にはそれらの知識と経験が絶対的に必要になる。
君たちは日本のために戦うのではなく、
軍とは何かを学ぶのだ。

2016年2月17日 (水)

書く女

二兎社公演40
20160216_145045529_ios 「書く女」 作・演出 永井愛

2016年2月16日(火)18時半開演 21時終演
大田区民プラザ 大ホール

≪キャスト≫

黒木 華  ……樋口奈津子〈一葉〉

平 岳大  ……半井桃水

朝倉あき  ……樋口くに〈一葉の妹〉
清水葉月  ……い夏〈伊東夏子〉
森岡 光  ……野々宮菊子
早瀬英里奈……半井幸子
長尾純子 ……田辺龍子〈花圃〉
橋本 淳  ……平田禿木
兼崎健太郎……川上眉山
山崎 彬   ……馬場孤蝶
古河耕史 ……斎藤緑雨

木野 花   ……樋口たき〈一葉の母〉

作曲・ピアノ演奏 = 林 正樹

**********************

めったに見ない、お芝居の公演。
今回は、樋口一葉の人生を描くというテーマと、
主演女優さん、そして会場の近さに惹かれてチケットゲット。
素晴らしい舞台でした。

まず、印象的だったのが、洗練された舞台美術と効果です。

舞台上、左寄りにずっしりと据えられた変形階段が、
あるときは、俳優の出入りを盛り上げる花道に、
あるときは、背景となる人々が行き交う大通りに、
また、あるときは場面転換のきっかけに、
はたまた、現在と過去をつなぐ時間軸に、
と変幻自在に利用されていました。
併せて、
大きな屏風数種の出し入れで、舞台変換が自在になされ、
雪、月、星などを示す照明もまた、美しく幻想的な雰囲気を盛り上げます。

ピアノ(キーボード)の生演奏もまた、BGMとしても、
効果音(車の行き交う音、筆を走らす音、紙をめくる音)としても、
舞台や時間の転換としても力を発揮。サウンドの重みを実感しました。
ピアニストの方も、ときおり芝居の中の人物として動いたりして、
なんとも小粋でした。

日本の舞台芸術も洗練されてきたんだなあ~と思いました。

俳優さんたちの演技力にも驚きました。
滑舌がいいのはもちろん、動きがたいへんしなやか。
ユーモアとシリアスさとのメリハリもお見事。

やはり脚本、演出の力でしょうか。
樋口一葉が生きた時代背景が、非常に生き生きと伝わりました。
朝鮮民族、女性、といったマイノリティーに対する偏見、
軍国主義へと突き進む世の動きと、文壇の葛藤…。
歴史の授業で学んだことと、文学史とが、かちりと合わさったようで
たいへん勉強にもなりました。

実は、
樋口一葉の研究者として注目され、まさにこれから…という
研究会の綺羅星だった友人が急逝して、もうすぐ5年になります。
彼女にぜひこの舞台を見てほしかった、語り合いたかった…と、
終演後、何とも切ない気持ちに襲われました。

2016年2月16日 (火)

視点さまざま

息子の

怠惰 ・ 勉強嫌い ・ 投げやり ・ 他人事

については、何度かカウンセラーの方に相談していて、
その都度、次のような助言をいただきました。

A:子ども本人が幸せであるなら、基本的に放っておいていい
今の怠慢のツケを払うのは本人。のちのち本人に苦労させればよろしい。

B:基本的生活習慣が身についていないことが招いた結果。
「めんどうくさい」「嫌だ」という気持ちに流されないよう、
大きな将来について語る前に、身近な小さいことから、
まず就寝時間、起床時間を自己管理することから成果をあげていこう。

Aは2012年に、は今年度になって受けた助言です。
その時点では、親として心底納得していたのですけれども、
は、今にして振り返ると、
あの時点で、もう少し介入していれば、今の事態には至らなかったのでは…
と思わないわけでもなく……。

で、実は本日、はじめて
不就労の若者支援NPO法人に、電話相談というものもしてみました。
その結果、いただいたのが、の助言です。

C:高校での単位取得、大学での運動部加入など、
本人はただ怠惰なのではなく、ちゃんと考えて行動している。
好き嫌いがはっきりしているだけでは。
大学や教習所に通えない理由を「めんどくさい」で終わらせず
もっときちんと、根本から見据えなくてはいけない。
基本的生活習慣についての約束は子供じみている。効果的とは思えない。


では「めんどくさい」=「嫌だ」と言い換えて、
「それでは世の中に適応できないから、適応できるように努力してみよう」
というアプローチだったのですが、

ではBのアプローチに疑問を呈されました。
本人、納得していますか?
本人に納得いかない、辻褄が合わないと思えることを無理強いされると、
もっとおかしな方向にねじ曲がって行きますよ…と、脅しまがいの一言も。


ううう。大変です。
親は、ほんと苦しいです。
息子本人も、実は苦しいのでしょうか。

2016年2月14日 (日)

徹夜の影響

私、睡眠時間は短い方だと思いますが、
布団に入るや否や、すぐ寝てしまう…寝ることができる…ので、
完全な徹夜の経験って、少ないです。
たぶん、20代で数回、40代で1回、そして数日前に1回。

20代、40代では、
徹夜明けの日、「世界が違って見える~」と感じました。
なんだか、自分自身がカプセルの中に入っているような、
外界と薄い膜で仕切られているような。

しかし、なぜか数日前の徹夜明けでは、こんな感覚がありませんでした。
別に普通~という感じ。あ、目が痛い感じはありましたけれど。
特に昼寝したくもならず。
さすがに21時過ぎに就寝しましたが、翌朝も5時台に目覚めてしまいました。
2日間での睡眠時間、8時間強。
たぶん、顔の皺とかシミとか増えてるような気がしますが、鏡凝視はパス!

とはいえ、さすがに、影響なしということではなく……
寄る年波には勝てないということでしょう、
影響は遅れて現れたのでした。
頭痛と腰痛 bearing

徹夜明け2日目、3日目がきつかった。20160213_104924383_ios_2
自重しようと思います。

(おまけ画像:今年もいつものバレンタインケーキcafe

2016年2月13日 (土)

叱り方の極意

NHK総合テレビ「助けて!きわめびと」という番組で、
先週、今週と2週続けて、叱り方を扱っていました。

叱り方を伝授する「きわめびと」は、
300組以上のアーティストの振り付けを担当してきたという
ダンスプロデューサーの夏まゆみ氏。

結論から言うと、

1)叱り方のノウハウは……存在しない!

「人として向き合う力」をつけて初めて叱ることができる。

人としてちゃんと向き合えば、その子に合った叱り方が見えてくる。
ノウハウを求める姿勢が間違い。

2)子供に質問を浴びせてはいけない

親は、感じ取る前に浅はかに言葉を発してしまう。
本来は、言葉を浴びせる前に、じっくり見るべき。
聞くのではなく、見る。
親は、「わかっていない自分」に自覚的にならなくてはいけない。
あれこれ口を出すまえに。


うわあ!やられた!
という感じでした。

「難しいねえ。できると思う?」
と問う私に、とどめの一発が夫から。
「俺はできるよ。でも、お前には無理だな!無理、無理!あはは」

そうか。
やっぱり、私が悪かったんだ。すまぬ、息子よ。

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2016年2月12日 (金)

生活相談カウンセラーの言葉

ここ3日ほどで、またしても
親としては「裏切られ感」いっぱいの出来事があり、
私の胸中疾風怒濤。
久しぶりにまったく眠れなくなり、完全徹夜をいたしました。

で、本日、息子の「生活相談」面談予約日。
もはや息子と、まともな会話が成立しない状況にあるため、
私も同行いたしました。

いろいろ具体的なことは伏せますが、
私の備忘録として、カウンセラーの先生の言葉を書いておきます。


「その気になれば、自分でコントロールできると思う」
というのは、アルコール、薬物、ギャンブル、何であれ、
何かにハマって、実は自分でコントロールできなくなっている人の常套句。


「コントロールできる」というのは、外部からの圧力がなくても
自分で自分に圧力をかけて、何かをストップできるという状況を指す。
「自分に自分で圧力をかける」ことをどれほど実践しているだろうか。


「嫌なことは嫌だ。やらない。」
というモットーを貫くことは不可能。
本音はそうであっても、誰しも何とか折り合いをつけて生きている。
残念だろうが、それが現実。そろそろ気づかなくてはいけない。


「どうせ言っても、わかってもらえない」
「どうせ考えても、その通りにできない」
だから、言わない、考えない、と逃げ続けても何も解決しない。
苦しくても、みっともなくても、悲しくても、
自分の中にあるものを取り出して、見つめるところから始めなくてはいけない。


小さな積み重ねの果ての重大さに、もうどうしたらいいかわからないなら、
「だから、逃げよう」ではなくて、
「だから、小さい小さいことから、立て直してみよう」と考えてはどうか。
「これなら続けられそう」という小さいことを自分で探してみたらどうか。



また2週間後に次の面談を予約してきました。
次回は息子一人で、明るい顔で面談に向かえますように。祈。

2016年2月 9日 (火)

ロパートキナ 孤高の白鳥

バレエ好きの友人に誘われて、久々に映画館へ。
1973年ウクライナ(当時はソ連)生まれ、
ウリヤーナ・ヴァチェスラヴォヴナ・ロパートキナを描くドキュメンタリー。

2004年には女の子の母となり、
40代となった今でも、マリインスキー・バレエ団のプリンシパルとして
第一線で活躍し続けるバレリーナ。

正統派ドキュメンタリーで、ステージ映像がかなり映し出されるのですが、
なんだか地味なステージだなあ…と思って、気づきました。
1991年バレエ団入団、95年プリンシパルに、って、
ソ連からロシアになった混乱期ではありませんか。
彼女の若いころの舞台が地味なのは、そんな時代背景ゆえに相違ありません。

昨日の浜松国際20周年コンサートでも、
中村紘子さんが次のようなエピソードを披露されていました。
1997年の第2回大会で、
ウクライナからの受講生が、グリッサンドで弾く箇所を一音一音指で弾くので
理由を問うと、
「ウクライナには鍵盤が揃ったピアノがないので、グリッサンドは弾けない」と…。

大変ストイックに、努力、精進を惜しまないロパートキナですが、
彼女も若い頃に苦労したことが、生きる姿勢の根本にあるのでしょう。

彼女の踊りの技術、その芸術性、精神性にも、もちろん感銘を受けましたが、
生きる時代と、その人の人生哲学というものについても考えさせられました。

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(左画像は映画公式頁より)

2016年2月 8日 (月)

浜松国際ピアノアカデミー第20回開催記念コンサート東京公演

浜松国際ピアノアカデミーAnniversary Concert Series
アカデミー修了生による響演

東京公演

2016年2月8日(月)19:00(19:20)開演  21:20終演
サントリーホール

ピアノ:河村尚子  上原彩子  チョ・ソンジン


<プログラム>
モーツァルト  ピアノ・ソナタ 第12番 へ長調 K.332 (河村尚子)
ラフマニノフ  前奏曲 ト長調 Op.32-5    (上原彩子)
ラフマニノフ  ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 Op.36  (上原彩子)

~休憩~

ショパン  ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 Op.35 (チョ・ソンジン)
モーツァルト  2台のピアノ・ソナタ ニ長調 K.448 (河村尚子&上原彩子)
ラフマニノフ  6手のためのワルツとロマンス 
          (チョ・ソンジン&河村尚子&上原彩子)

********************

ピアノの生演奏の素晴らしさに打ち震えた夜でした。

河村さん、ピアノを弾いているというより、全身で音楽を指揮しているよう。
実にチャーミングに、洒脱に、センス良く。
今日のデュオ、トリオも彼女が取りまとめているように感じました。

上原さん、相変わらずの集中力とビシバシ伝わる情念のソロ。
内面の深さを感じます。

ソンジン君、音色と音楽性の美しさには、ため息が出ます。
彼の生演奏、もっともっと聴きたいです。。。

モーツァルトの2台ソナタ、お見事でした。
実にお洒落にテンポを揺らし、茶目っ気も覗かせつつ楽しむモーツァルト。
大人なレディーの余裕も感じました。
河村さん、なんと途中でトルコ行進曲のフレーズも織り込んでしまうお茶目ぶり。

以前にも生で聴いた、佐藤卓史君、山本貴志君のデュオが、
若々しく疾走する演奏(→)だったのとはまた全く趣が異なって、
なるほど~と思いました。
演奏者が楽しんでいる様子が伝わるトリオも素敵でした。

三者三様の才能に脱帽いたしました。
そして、開演冒頭に15分ほどのスピーチをされた、
浜松ピアノアカデミー音楽監督の中村紘子氏。
すっきりとちょっと細くなられ、とてもお元気そうで、ほっといたしました。

2016年2月 7日 (日)

『金田一家、日本語百年のひみつ』

金田一秀穂 『金田一家、日本語百年のひみつ』 朝日新書 2014

この本を手にとったきっかけは、
数日前にたまたまTVで、
米国人お笑い芸人(という呼称では足りない気も…)の厚切りジェイソン氏と
著者の金田一秀穂先生との対談を見たこと、でした。

日本語や日本人の行動に
「Why Japanese People!?」とツッコむ厚切りジェイソン氏、
初めて知りましたが、実に面白い。
鋭いなあ。頭の回転、速いなあ…と思ったら、すごいエリート。やっぱり。
(下の画像はNHKの頁からお借りしてきました。)

20160207_090642

彼の鋭い突っ込みに、柔らかく、でも真っ向から異論を呈する金田一氏もお見事。
「ポジティブシンキングって脳天気にも見える」とか
「何でも『Ouch!』の英語より、『痛っ!』『熱っ!』と反応する日本語の方が分析的」とか。

前置きが長くなりましたが、そうです、主眼はこの新書。
祖父・京助、父・春彦の業績、その人柄をめぐるエピソードも交えながら、
日本語について洒脱に語ります。

日本語の特徴は…

  • 音声の種類の少ないこと
  • 膠着語であること
  • 和語が全体的な意味しか持たないこと
  • 基礎語のカバー率が低いこと
  • 表記の体系が幾種類もあること

「身体語彙」についての春彦、秀穂の対談が面白かったです。
和語で身体の内部を示す和語は「キモ」のみ。他はすべて漢語。
日本人は身体の中身を区別して言い分ける必要を感じていなかった。
一方、相手の気持ちを覗き込むことを表す語彙は多い。
(察する、推し量る、勘ぐる、見定める、見透かす、気を廻す、見抜く、見破る…)

また、秀穂氏自身と父の関係を述べる中の一節が心に響きました。
「大学を出て何もしたくなくてぶらぶらする」生活を3年間続けたという氏。

ぶらぶらしているというのは、とりあえず自由であることだ。
端から見ていると、頼りなく、心細そうで、心配である。
(中略)
しかし、そういうお子さんをお持ちの読者諸氏諸嬢に言いたい。
そんなお子さんを育てたのはあなた方である。
よかれと思っていろいろ考えて、ときには必死になって作り上げてきた結果が彼・彼女なのである。
皆さんのすべての教えを十全に受け止めているはずである。
だったら、信じた方がいい。
きっとそのうち、ぶらぶらしているのにも飽きる時がくる。
退屈するということがある。
それまで、ぶらぶらしているのを眺めながら、待っていてあげてほしい。
私の父はずっと待っていてくれた。
今になってそのことがどんなに感謝すべきことかが分かるのだ。

まあ、うちの息子の場合、
「大学出て」という以前の状況であること、
高校時代から(いや、中学から?)ず~っと「ぶらぶら」していて
まだ飽きる様子も見えない、というのが問題なのですけれども。。。( ̄Д ̄;;

2016年2月 5日 (金)

チェロ合わせ(1)

立春の昨日、お昼過ぎの時間帯、
いろんな用事を抱えて新幹線で上京してくる友人と、落ち合いました。
私は、ちょっと遠い職場での仕事を終えてから。

場所は、公的機関の音楽ルーム。
ラッキーにも、我々に「ドンピシャ」の日時がポッカリ空いていました。
双方にとってアクセス快適、設備も広さも十分。

友人は、昨年10月、30数年ぶりに再会した、高校時代の同級生です。
長~いブランクも何のその、音楽談議ですっかり意気投合。
いまは地元でチェロ演奏活動を展開している彼女から、
11月にチェロ曲伴奏譜をどっさり受け取って3か月。
さあ、いざ合わせてみましょう!となった次第です。

いやあ、楽しかったです。
いろんな小曲を初見で合わせてみて、
私の初見能力の低さに嫌気がさしましたが、これは以前から自覚済み。
頑張って練習した30ページほどの曲については、
この3か月で、曲がりなりにも譜読みした自分を褒めたい感じ。(゚ー゚)

2時間ほどでは、じっくり練習とはいきませんでしたが、
お互いに
「お、ちゃんと準備していけば、なかなか行けそう!」
という感触を得て、幸せな午後となりました。
20160204_cello

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