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2016年1月

2016年1月29日 (金)

第17回ショパン国際ピアノコンクール 入賞者ガラコンサート

第17回ショパン国際ピアノコンクール2015
~ 入賞者ガラコンサート ~

2016年1月28日(木)19時開演 22時終演
@東京芸術劇場コンサートホール

管弦楽:ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ヤツェク・カスプシック

<第1部>
◆ドミトリー・シシキン  
ロンド ハ短調 Op.1

◆イーケ・(トニー・)ヤン
即興曲 第2番 嬰へ長調 Op.36
スケルツォ 第3番 嬰ハ短調 Op.39

◆エリック・ルー
アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ Op.22
(オーケストラ付)
アンコール:前奏曲 第17番

<第2部>
◆ケイト・リウ
3つのマズルカ Op.56 
 第1番 ロ長調 第2番 ハ長調 第3番 ハ短調

◆シャルル・リシャール=アムラン
ピアノソナタ 第3番 ロ短調 Op.58

◆チョ・ソンジン
ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 Op.11
アンコール:英雄ポロネーズ

***********************

ピアノって、こんなにきれいな音を奏でる楽器だったんだ…
と再発見した心境になりました。
素晴らしかったです。

3時間に及ぶコンサート、堪能いたしました。

見事な演奏の中でも
やはり1位のソンジン君が抜きん出ていたように思います。
ちょっと緩慢になりがちなオーケストラをぐいぐい引っ張って、
クリアで生気にあふれた、洗練されたショパンでした。
新鮮でした。
2014年10月に彼のリサイタルに足を運んで(→)、
ハンサムな音楽…という印象を抱いたのですけれど、
洗練の美にますます磨きがかかり、
音楽のハンサム度がまたググッとレベルアップしていました。

他の演奏者が、ステージマナーなどに初々しさを残しているのに対し、
ソンジン君には、すでにオーラが備わっている感が。
ポロネーズ賞も併せて受賞していますが、なるほど、
歯切れのよい、見事な英雄ポロネーズ、圧巻でした。

また、2位のアムラン君の、厚みと温かみのある音色も胸に沁みました。
これは、Web視聴ではわからなかったなあ、と思いました。
ショパコン当時より、ふくよかになったようでしたが、
あの音色は、あの体型、あの太い指ならではのものかもしれません。
ソナタ賞の受賞は審査員満場一致とのことでしたが、大いに納得。

3位のケイトさん、紡ぎ出される独特の世界にも引き込まれました。
彼女のマズルカ賞受賞にも納得です。
4位エリック君、5位トニー君は、ショパコンのネットで得た印象のとおりの
うたごころたっぷり、柔らかな音色が印象的でした。

冒頭のシシキン君、たいへん魅力的なロンドでした。
ピアノから、透明な水滴がぽろぽろ転がり出してくるような印象を持ちました。
クリアな中にも、茶目っ気のある音、しっとりした音、いろいろな音色が繰り出せる人です。
ショパコンでは、あまり聴く機会がなかったのですが、
ぜひ彼個人のリサイタルで、音色をもっと聞きたいなあと思いました。

満席のホール、満足感に満ち満ちていました。
画像は会場入り口のポスターと、
会場内のお花…先日の番組「もう一つのショパンコンクール」(→)制作スタッフからのもの。小粋ですねえ。

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2016年1月25日 (月)

ルクルーゼ大焦げ付き

わが家にお目見えして3か月目になるお鍋くん(→
ゆで野菜(というより少量の水での蒸し野菜)、煮物、スープと
大活躍だったのですが、ついに、やらかしてしまいました。
煮物(豚肉の塊&ひよこ豆)を火にかけていたことをコロリと忘れ、
お鍋みごとに大焦げ付き

料理本&ググった結果から、
「重曹入りの水を煮立てて放置すると、焦げがはがれるらしい」
ということで、すぐに実行。

◆小匙2敗ぐらいの重曹入りの水を、沸騰後、弱火で10分ぐらい煮立たせて
火を止めたあと、そのまま一晩放置
しました。

◆今朝、おそるおそる鍋の中をのぞいてみると、
水は黒く濁り、たしかに焦げが多少剥がれて浮いている模様。
思い切り焦げ付いていた鍋底は、木べらでこすってみると、
さらに剥がれる感触が。。。(水が真っ黒でよく見えず、まさに手探り状態)

で、2番目の画像の状態となりました。
ここで出勤時間となり、水を張っただけの状態で、また放置。

◆帰宅後、再度重曹を投入し、煮立たせることまた10分。
今度は、火を止めて10数分、まだお湯が温かい状態で、
鍋底をスポンジでこすり始め
ました。
結構こびりついています。簡単に浮いてくるなどという代物ではありません。
爪でこすったりしないよう(ホーローが剥がれないよう)気を付けつつ
柔らかめのスポンジに洗剤もつけて、気長に根気よくこすったところ、
徐々に、徐々に、焦げは落ちて、
ついに、ほぼ全部の焦げからの離脱を達成いたしました。

あー疲れた。肉体的にも、精神的にも。
今後は、コンロのそばを離れる際、必ずタイマーをかけようと思います。

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2016年1月23日 (土)

直線的に一気に…とはいかずとも

やり場のない愚痴、暗い後悔をそのまま吐き出してしまった前回記事に対し、
親身なコメントをいろいろいただき、ただ感謝です。
のらりくらりで反応の薄かった愚息ですが、この5日間で次のような動きがありました。

punch 「自分の理想は、このまま部屋でネット三昧してラクに生き続けること」
と言い張り、父親と対立。
「いずれそれが無理になったら、ちゃんと家を出ていく」
「それなら、いますぐ出て行け!」
というやりとりに至り、売り言葉に買い言葉で
夜10時過ぎに大きなカバンに荷物を詰め込んで家を出て行く。

punch 外泊2日で帰宅  (母親が帰宅すると、玄関前に佇んでいた)
ネットカフェに2泊してきたとのこと。
ネットカフェに寝泊まりして仕事を探し、自活するという考えは甘かった。
大学を辞めて仕事に就くにしても、家を出て勝手に生きていくのは無理。
家に少しはお金を入れるから、
中退した場合も、ここに置いてほしい。
と言う。

punch 親は、彼の嘘の山に辟易している。もはや言葉は全く信じられない。
「理想は今の生活」を撤回するなら、それを態度で見せろ!
に納得したという息子。
とりあえず、2月末まで、彼の様子を見ることにする。

***************

とはいっても、一足飛びにちゃんとした生活ができるようになるはずはなく、
親はひたすら忍耐の日々です。

ただ、彼は1年次より体育会系の部活に所属しており、
週3回の練習には参加していて、いい友達もいる様子。
仲間とつるんで旅行したり、一人の家に皆で泊まり込んだりもしています。
今回、家出中はスマホも部活道具も持たず、
無断で部活を休んだため、その事情を説明する必要に迫られ、
昨日の部活の折、仲間に初めて今の状況を説明したとのこと。
彼等の反応は、
「辞めるな。俺らも手伝ってやるから、辞めるな。」
というものだったそうです。

この話をする息子は嬉しそうでした。
今まで、親に向かっては、
中退すれば部活も辞めることになるが、それでも仕方がない。
別にそうなっても構わない。

自分自身の問題だから、部活仲間に相談するつもりもない。
と言い続けてきましたが、これもちょっと変わるかもしれません。


2月末まで、と時期を区切って様子を見、
その後、彼の身の振り方について結論を出すことになっています。
「静観」「静観」
と自分に言い聞かせ、唱え続けている母です。

2016年1月17日 (日)

中学受験が人生を歪める

中学受験をする場合、
東京では小学校4年生ごろから塾に通わせる方が多いと思います。

10歳から12歳

特に男子児童の場合、
精神年齢がまだ幼いことも多いのではないでしょうか。
その場合、
受験させてはいけません!
高校受験の頃には、ある程度大人になっているはずですから、
受験させるのは、それまで待ちましょう!

精神的に幼い者にとってこそ、高校受験は、
精神的成長のために必要不可欠なステップとなります。
その貴重な機会を奪ってはいけません。

残念ながら、
この間違った選択をしてしまったのが、わが家でした。

努力せずして中高一貫私立進学校に入学(当時は成績良好)、
努力せずして最低の成績にて同校を卒業した息子、
努力せずして入れてくれた大学に入ったものの、
親に嘘をつき、まったく大学に行かず、家で遊んでいた
ということが判明いたしました。
卒業に必要な単位(140単位程度)のうち
2年間の取得単位は20単位以下と思われます7単位のみ。(1/19訂正)

これから、今後について考えますが、
本人、にこにこして胸を張り、

「自分で選んじゃった行動の結果だから、自分で責任取る。
ネットカフェに泊まって仕事探す。掃除夫でも工場労働者でもいい。」


これだけで、彼の精神年齢がどれほどのものか、わかります。
間違った中学受験は、こうした悲劇も生むということを
世間は理解していないと思います。
わが身の恥をさらしますが、
このような悲劇がこれ以上出ないよう、ここで警告を発します。

2016年1月15日 (金)

『ヨイ豊』

梶よう子 『ヨイ豊』 講談社 2015

Yoitoyo 「よいとよ」と読みます。
その意味は、小説最後のほうではっきりします。
本の装丁からわかるように、浮世絵師を描く小説です。

梶よう子氏、図書館の本棚でよく目にしていましたが、
今回初めて読みました。
生き生きとした会話と、
堅苦しくない、でも、くだけすぎない地の文で、読みやすいです。
さすが直木賞候補作、ストーリーも読ませます。

「歌川豊国」の名を誰が継ぐかを巡り、悩む二代国貞を描く
というのが中心主題の一つ。
本の扉を開けて、すぐ右側の頁に挙げられているのが

安政五年(1858) 九月六日、初代歌川広重没。享年六十二。
文久元年(1861) 三月五日、歌川国芳没。享年六十五。
元治元年(1864) 十二月十五日、三代歌川豊国(初代国貞)没。享年七十九。

の三行。
江戸末期、この三代豊国の法要の場から幕が開きますが、
途中、時をさかのぼって、
三代豊国が活躍したころの江戸の町、人々の様子も活写されます。

ストーリーが読みごたえのあるものだったことはもちろん、
個人的には、「江戸」と「明治」の境目となる時代、
江戸から東京へと変身を遂げゆく町、住人のもがく様子が印象に残りました。

主人公も没し、街はすっかり文明開化の東京となった後、
終章において、美術学校の助教に
「町絵師風情の、ただの画工」
「所詮は大量の摺物」

と嘲られる浮世絵師、浮世絵。
「浮世絵など、この近代日本にはそぐわない、雑駁なつまらぬ画でしかない」

こうした背景には、江戸という時代を目の敵にせざるを得ない
薩長政府の意図も働いていたということにも、初めて気づきました。
芸術とは何だ、という大きな問いも含め、読み手に響くものが多々。
いい本でした。

2016年1月12日 (火)

2016初頭 PCトラブル総括

2016年に入って11日経過。
既にあれこれ、トラブっております。備忘録として。

1) OneDrive

メインPCのデスクトップで、アプリに保存したファイルが
クラウドには反映されない、という事態に。
これは日々の仕事に支障が出るため、おおごとでございます。
1月5日、初仕事を終えた後に、PCに張り付いて四苦八苦。

ググって調べてあれこれ試した結果、
トラブルシューティング パック キャビネット onedrivets
というものをダウンロードし、
OneDriveそのものを構築し直す、という作業で復旧しました。

何が悪さをしたのかは不明なのですが、
最後の5つのファイル反映に異様に時間がかかっていたので
(この作業でもダメか……と半ばあきらめかけました……)
何事かがあったのでしょう。

その後はトラブルありません。この後も生じませんように。祈!

2) RealPlayer Trimmer

動画ファイル、音声ファイルの切り取りに愛用していたのですが、
3か月ぶりぐらいに立ち上げたところ、
プログラムは立ち上がるものの、ファイルを全く読み込まず、
当然何の作業もできず。。。

RealPlayerのアップデートでは何の変化も生まれませんでした。
これは今も解決していません。
仕方がないので、動画の加工は、YouTubeにアップしてから
YouTube上の加工ソフトで行ったりしています。

ググったところ、Flash Playerを旧バージョンに戻せば
RealPlayer Trimmerも もとどおりに動く
という書き込みを見つけましたが、
脆弱性が指摘されているバージョンに戻すっていうのは怖いですし。

どなたか、この件についてご指南くださると、ありがたいです。
よろしくお願いします。 m(_ _)m

2016年1月11日 (月)

成人式

相変わらず、起こすまで起きず。
朝食後、部屋に引っ込んでまたベッドにもぐりこみ、二度寝。
式に間に合わない!と親が大声をあげたところで、
もそもそと着替えを始めるも、

ワイシャツはシワシワ。
入学式以来の革靴は行方知れず。
ネクタイ結びかたわからず。

結局、母アイロンかけ、父ネクタイ結び指南で大騒ぎの後、
なんとか家から送り出す。

昼過ぎに、手ぶらにて帰宅。
記念品とかなかったの?
あ、なんか込んでたし、貰わないでさっさと帰ってきた。

その口元が、なんだか、いや、非常に、汚い。
その口、何??
あ、帰りにチョコアイス食ってきた。
絶句。

Sirusi こんな成人で、本当に世間様に申し訳ない。

気を取り直して、本の感想。
宮下奈都 『ふたつのしるし』 幻冬舎 2014

これまた、ほっこり系のストーリー。
頭の切れる、エリート的発想の美女、遥名と
ぼんやり系、でも生きる力の強い自然児、温之。
まったく異なる二人が子供から大人になるまでを
連作短編の形で描きます。

ラストは、10歳の女の子が
二分の一成人式を迎えての作文「生い立ちの記」
私、はからずも、成人式の日にふさわしい本を手に取っていたのでした。

2016年1月10日 (日)

『窓の向こうのガーシュイン』

宮下奈都 『窓の向こうのガーシュイン』集英社2012

ガーシュインって、「ラプソディー・イン・ブルー」かな?ピアノ関連?
なんて思って手に取りましたが、さにあらず。
エラ・フィッツジェラルドのレコード「エラ・イン・ベルリン」に収められた歌
「サマータイム」のことでした。
ジョージ・ガーシュイン作曲のオペラ「ポーギーとベス」の劇中歌。
収録された歌声はもちろん、そのレコードジャケット、歌詞の意味が、
主人公を人々との交流へ、成長へと導いていくのです。

「私は成長してもいつもどこかが足りなかった」
「足りない、足りない、といろんな人にいわれて育った」
という主人公、佐古さんは、19歳でホームヘルパーとなります。
初めての派遣先で、
いつもは「雑多な音が混じってわやわやになって」聞き取れないのに、
左半身が不自由な依頼主、横江先生の言葉ははっきりと聞き取れ、
自然体でふるまえることに気づく佐古さん。
「炊飯器の言葉を聞くことができる人は貴重です。あなたは筋がいい」
と、人生で初めて褒め言葉をもらいます。

横江先生宅には、
ボードゲームのひとつ、探偵ゲームの「犯人」に似た男の人がいて、
佐古さん自身と同じ年ごろの少年、隼も登場。

世間とはちょっとずれた彼等も、
佐古さんに、いろいろな「初めて」をもたらしてくれます。
この二人の男性と、佐古さんと、だんだん老いを深めていく先生。
その日々が優しい筆致で、柔らかく描かれて行きます。

「ねえ、隼。しなくていい、しなくていい、って思ってるのは意外と身体に溜まるよ。」

「しなくてもいいや、って思っちゃえばたしかに平穏に暮らせると思うの。いろんなことに距離を取って、近づかないようにして、何にも執着しないで生きられれば楽だよ。だけどね、なんでもかんでもなくていいって思えるようになったらね」

こんな発言が繰り出せたのも、佐古さんの「初めて」の一つ。
このせりふ、そのままうちの愚息に投げたい……と思いました。

2016年1月 9日 (土)

『家へ』

Ie_e 石田 千 『家へ』 講談社 2015

芥川賞の候補作です。
既に出版されているなんて珍しい…と思ったら、
芥川賞候補になるのはこれで3度目という作家さんなんですね。
この方の作品、初めて読みました。

派手ではないけれども心に残るものを持つ、いい作品でした。
ストーリーも、その描き方、構成も、洗練されている印象です。

主人公「シン」の里帰りの場面から始まるのですが、
複雑な家庭って、なに? じいちゃんって、彼とどんな関係?
シンは東京で何をしているの? 母親との折り合いは?
そんな素朴な疑問が生まれます。
そして、章が進むにつれ、薄膜をはがすように明らかにされていきます。
わざとらしくなく、静かな時間の流れとシンクロできるような感じ。

シンを取り巻く人々は、みな素朴で一生懸命生きているいい人なのに、
世間様から見ると……という事情も抱えていて、
白い眼で見られることが多々あるという悲しさ。
その中心人物となるシンの母親が、ステレオタイプの母親ではなく、
妙にエキセントリックでもなく、現実感を持って堂々と描かれていました。
共感します。

そして、シンにも。
漁業の地に生まれ、その道を勧められながらも、
芸術を志す彼の葛藤、周囲の人々との交流、そして将来へ向けた行動に。


芥川賞受賞作というと、
過去には、読み続けるのも気分が悪いようなテーマだったり、
ひらがなだらけ等のスタイルが読みづらかったりと、
最後まで読めずに途中放棄した作品も少なくありません。
話題になった「火花」も、小説冒頭はともかく、終わり方には納得できず…。

そんな私が共感できた本作が受賞できたら嬉しいな、と思いました。

2016年1月 8日 (金)

『鉄道への夢が日本人を作った』

Tetudo 張彧暋(チョーイクマン)著 山岡由美訳
『鉄道への夢が日本人を作った 資本主義・民族主義・ナショナリズム
朝日新聞出版2015

1977年生まれ、香港出身の若き研究者による英語論文の日本語訳。
一般人にも読みやすいように、訳者がかなり手を入れたとのことで、
それは成功していると思います。

  • 序章 鉄道という夢と謎――日本の読者に向けて
  • 第1章 資本主義の誕生と鉄道の敷設(1868-1906年)
  • 第2章 近代国家と民主主義と鉄道(1880-1936年)
  • 第3章 国民意識と鉄道(1890-1937年)
  • 第4章 結論――国民の夢を乗せて、列車は走る
第1章では、鉄道敷設のための資金調達のなかで、
日本に資本主義が生まれ、旧士族、貴族が資本家として「国民」化し、
日本全国にナショナリズムの気運が育っていったことを、

第2章では、地方が鉄道誘致を陳情するという活動が広まり、
全国に「国民」意識と、政治の力、仕組みが浸透していったことを、

第3章では、天皇の行幸や庶民の観光が鉄道と結びつくことで、
(観光は、時局を反映して神社参拝と一体化して売り出されたために)
国体意識が強化されていったことを、論じています。

結論としては、
さまざまな思惑と偶然の重なった結果として
「鉄道は役立つ」「鉄道は経済発展の基盤」との言説が流布したのであり、
当初から厳然としてあった理念だったのではない、
鉄道は、その他の理念を生み、育てる装置としても機能したのだ
ということかと。

3つの章のつながり、総体としては不統一性もちょっと感じましたが、
なるほど…と思う点が多々ありました。
既に知られた資料を、角度を変えて分析する面白さを覚えました。

2016年1月 7日 (木)

『勇者たちへの伝言 いつの日か来た道』

Masuyama 増山実 『勇者たちへの伝言 いつの日か来た道』
角川春樹事務所 2013年

SNSでこの本のことを聞きかじって、
あら、野球関係なら愚息が喜んで読むかも…と酔狂な気を起こし、
図書館で借りてみました。
お正月休み、ついでに私も読んでみようかしらん。。。

浅はかでした。
野球小説などという範疇には収まらない内容でした。

マスコミの世界の下請け的仕事に疲れ果て、
ふと訪ねたのが、幼い頃の思い出につながる野球場があった場所。
駅名「西宮北口」が「いつの日か来た道」という発音に聞こえて…。

ファンタジー的なタイムスリップも織り交ぜ、描かれるのは、
主人公、工藤正秋の父の生きた時代。
戦後の大阪で、貧しいながら将来を夢見て
こつこつと働いていた若い父と、その初恋の女性の人生。
在日韓国人である彼女の北朝鮮行き以来、交差しなかったはずの二人の人生。
戦後の北朝鮮への帰国、あるいは移住、
それがどれほど過酷なものだったのか、
この小説は、事実に基づいて伝えているように思います。
以前に読んだ本(→)で知った、中国文化大革命に通じる仕組みと、
それ以上の長期間に及ぶ苦役、そして貧困。

ラジオの電波がつなぐ日中、日朝。
こういう形の交流を、肌感覚を持って感じられるのは、
今のアラフィフ世代あたりが最後なのかもしれませんね。

いろいろな衝撃の詰まった本でした。
もちろん、ストーリーも楽しめます。お堅い本ではありません。
おすすめです。

2016年1月 6日 (水)

『終わらない歌』

宮下奈都 『終わらない歌』 実業之日本社 2012

ちょっと前、宮下奈都さんの本を読み漁った時期があったのですが、
(→『よろこびの歌』 『田舎の紳士服店のモデルの妻』 『メロディ・フェア』 『太陽のパスタ、豆のスープ』等)
その彼女が今回、直木賞候補となったと知って、また借りてみました。

『終わらない歌』は『よろこびの歌』の続編。
高校2年生のとき、クラスメイトとして合唱に取り組んだ彼女たちが
20歳を迎え、それぞれの道を歩んでいる様子が描かれます。

音楽大学同期生中での席次に、才能の凡庸さを感じる御木本玲、
働きながら、ミュージカルの舞台中央を目指す原千夏、
スポーツ・トレーナーを目指し、大学で学ぶ中溝早希、
短大を卒業し、東京を離れて北陸の町に就職した東条あや。等々

前作同様、
一人一人が、楽曲名をタイトルとする各章の主人公となっています。
メインの筋は、玲と千夏の二人。
彼女たちが、音楽の世界で大きく羽ばたくことを予感させて、幕が閉じます。
この人の作品は、どれも希望の光が差し込むようなエンディング。
爆発的な歓喜ではなく、今後を照らす一筋の光…というような。

もちろん、この主軸ストーリーもいいですが、
スポーツと音楽が交錯する「スライダーズ・ミックス」の賞も、
小粋でいいなあ~と思いました。

直木賞候補作『羊と鋼の森』はピアノ調律師をめぐる小説とのこと。
これはさすがに予約が回ってくるまで時間がかかりそうですが、楽しみです。

2016年1月 4日 (月)

『忘れられた巨人』

Ishiguro_2カズオ イシグロ著 土屋政雄訳 『忘れられた巨人』
早川書房2015


カズオ イシグロの10年ぶりの新作とのこと。
前作は、2011年に見た映画で衝撃を受けた、
『私を忘れないで』。(→
その後、映画の原作である小説そのものも読みました。

さて、本作『忘れられた巨人』は、がらりと趣を変え、
アーサー王伝説の頃を舞台とした、騎士たちの物語。
龍、鬼、剣、馬、藁、…
といった言葉が跋扈するファンタジー小説です。

とはいえ、この著者のことですから
もちろん、「メルヘンの世界」を描くことが主眼ではありません。
主人公は、人の好い老夫婦。
龍の吐く霧のせいで記憶を失っていく…という現実に気づき、
ぼんやりと霞んでいく行動力にも危機感を抱いた二人は、
ともに村を出て、息子に会いに行こう!と大きな決断をします。

小説の初めの方では、
「記憶をおぼろげにさせる」という暴力的な仕業に怒りを覚え、
自らの記憶を取り戻そうとする行動は「善」そのものに思えるのですが、
次第に、ものごとの裏の面が透けて見えてきます…。

老夫婦の夫アクセルの過去とは?
この夫婦は本当に互いを思い合い、寄り添ってきた二人?
龍の元への案内人ともなる傷ついた少年は何者?
化け物も敵の兵士もやすやすと倒す、優秀な騎士の素性とは?
旅の途中で出会う老騎士の任務は?
どんどん謎めいていくストーリー。。。

英国の鈍色の空と、冷たい空気そのままに、
ファンタジーとはいえ、淡々と静かに物語は進んでいきます。
龍退治と、主人公二人の秘密の開示で終わるストーリーを追うことは
それほど難しくはありません。
記憶を取り戻せば、征服欲がよみがえり、民族間の争いが始まる…
このあたりは、現在の世界情勢とも連動しているでしょう。
戦慄を覚えます。

けれども、筆者が描きたいものはそれだけではなく、
おそらくは「アーサー王伝説」を下敷きとして、
さまざまな暗喩や警句などがちりばめられているに違いありません。
そのあたりを全く読み解けない自分が不甲斐ない…という読後感でした。

難しいです、外国文学。。。

2016年1月 3日 (日)

暗くなっての初詣2016

暗くなってから……といっても、午後6時のことです。

実は元旦の昼間、
参拝客の長い長い行列にびっくりして、一度は断念した初詣。
今日は、リベンジ参拝です。

夫のほうの親戚大集合(総勢15名)の新年会からの帰宅がてら、
わが家の近所の神社へ。
数台分しかない駐車場にもすぐに入れて、
すんなりスムーズな参拝となりました。
ライトアップされた神社への参拝は初めてでしたが、
情緒もあって、なかなかよいものですね。

家内安全、無病息災。
神様のお耳に届きますように。

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2016年1月 2日 (土)

実家のお正月

実家に来ています。
朝食のお膳には、手間のかかる品々。
数の子、昆布巻き、干鱈の煮物、田作り、黒豆…。
さすがです。



2016年1月 1日 (金)

2016年元旦

あけましておめでとうございます。

快晴の元旦を迎えました。
画像は、玄関に飾った縁起物たちと、朝の食卓。
猿の顔のカードは、昨年末の
若手演奏家たちのコンサート(→)でいただいた記念品です。
あやかれますように…と虫の良い願いも込めて。

今年のおせちは、ごく少量。
昨日、義母宅で作った中からは、
・八つ頭の煮物
・きんぴら

の二種だけ、ちょっといただいて来ました。

あとは自宅で、ちょいちょいと

・紅白なます
・たこのコーラ煮
・たたきゴボウのアーモンドクリーム和え
・干椎茸のふくめ煮
・高野豆腐の煮物
・こんにゃくの煮物
・出し巻き卵

年末のNHKテレビ・平野レミさんの生番組も参考にしました。
ぜんぜん手間がかからず、
それでもお正月気分は味わえて、おなかいっぱい。

よい1年となりますように。  

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