無料ブログはココログ

PIOの新ブログ

« 名残の公孫樹2015 | トップページ | Googleとベートーヴェン »

2015年12月15日 (火)

『ナディア・ブーランジェ』

ジェローム・スピケ著(大西穣 訳)
     『ナディア・ブーランジェ』 彩流社 2015

20151215book  ナディア・ブーランジェという名前、
 不勉強にして、まったく知りませんでした。

 1887年~1979年の人生、
 長きにわたって、主にフランスとアメリカで
 音楽教育の先頭に立ち、
 多くの音楽家、演奏家を育てあげるとともに、
 自ら作曲し、ピアノ、オルガンの演奏をし、
 さまざまなコンサートを企画・運営し、
 英国のロイヤル・フィルハーモニック交響楽団、
 米国のボストン交響楽団などを指揮した初めての女性。

 ストラヴィンスキー、ラヴェル、フォーレ、プーランク
といった作曲家と直接交流を持った様子、
ピアニストのディヌ・リパッティ等の著名な演奏家や
若い生徒たちに慕われている様子などが、
豊富な写真と、肉筆の手紙の画像とともに語られます。

原著は1987年に書かれています。
その前書きに「フランス国立図書館に預けられた書類は2009年まで未公開だが、それが入手可能になれば、詳細は日の目を見ることになるだろう」とありますが、
本書に掲載されている写真が、2009年以降になって公開されたものでしょうか。

印象に残ったのは、
クラシックの素養が欠けていると自覚して、
教えを乞いにアルゼンチンからやってきたピアソラへの対応。
はじめはタンゴ演奏を拒否したピアソラに、
タンゴでどのようなことができるか見せてほしいと熱心に食い下がり、
その演奏を聴いたブーランジェは

「これこそあなたの分野です。交響曲などやめて、タンゴにあなたの力を注ぎなさい」

と告げたといいます。
同じようにやってきた、ガーシュインに対する助言も見事なもの。

表紙の写真、
なんとなく、私が子供のころ読んだ伝記のキュリー夫人に似ているかも…
と思ったのですが、やはり母はロシア人。
ポーランドに生まれ、フランスに移住したマリー・キュリーに似ているのも
不思議ではないのかもしれません。

本書、興味深いエピソード、豊富な写真などの力もあって、
伝記にありがちな読みにくさは感じませんでした。


« 名残の公孫樹2015 | トップページ | Googleとベートーヴェン »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 名残の公孫樹2015 | トップページ | Googleとベートーヴェン »