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2014年11月13日 (木)

近代日本学のパイオニア

企画展: 近代日本学のパイオニア
――チェンバレンとアーネスト・サトウ――

             @横浜開港資料館

うらうらとお散歩日和の午後、思い立って行ってきました。
明治期の三大ジャパノロジストと言われる、

アーネスト・サトウ(1843-1929):英公使館付通訳生として幕末に来日
B.H.チェンバレン(1850-1935):同じく通訳生として1864年来日
W.G.アストン(1841-1911):1873年にお雇い外国人として来日

のうち、サトウとチェンバレンの生活ぶりを展示する企画展。

サトウが息子宛てに
出張先のアジア諸国から送った日本語での葉書、手紙、
そして見事な墨書、
チェンバレンが詠んだ和歌が掲載された書籍や
自らの手で和歌を書いた短冊(来日4年目で詠作)など、
さすがの品々に、舌を巻きました。

日本語学習という点では、
当時の英国公使パークスは部下に日本語習得を厳しく課し、
試験もおこなっていたとのこと。

武士や遊女などが書いた実際の手紙などを日本語で書き写し、その横にローマ字で読み方等を書いた墨書き、和紙の帳簿や、
実際の会話をローマ字で書きとって英訳をつけたメモなど、

その英国外交官の日本語学習帳も展示されていました。

・おもいだすと くやしくて ならない。(Don't remind me of it.)
・あなたは どこかで おみかけもうしたようだ。(When have I met you before.)
・ほかのことではないが、(I only wish to say)

当時はこういう言い回しが「生の会話」だったのですね。
実物を目のあたりにすると、実に身近に感じられます。
人もあまりいない展示会場、ゆったりセピア色の時を楽しみました。

画像は、資料館入口の看板と、
帰りにおさんぽした海べりの風景。赤レンガ倉庫も見えます。

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