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2014年11月12日 (水)

『わたしの日本語修業』

ドナルド・キーン・河路由佳
『私の日本語修業』 白水社2014

ドナルド・キーン氏といえば、誰もが知っている日本文学者。
2011年、88歳でコロンビア大学での最終講義を終えたのち
震災後の日本へ移住されています。

本書は、
キーン氏が日本語を学び始めた1942年、
海軍日本語学校で使用されていた日本語教科書や、
コロラド大学に保存されていた、当時のキーン氏の手紙などを
著者の河路由佳氏が持参してキーン氏の元を訪れ、
インタビューした記録をまとめたものが中心となっています。

戦時中より前の時代、
外国人が日本語を学ぶということが、いかに稀有だったか、
教材、辞書も整っていない中、いかに勉強を進めたのか、
といったことが手に取るように伝わります。
そして、
戦時中の、軍隊に所属する施設で学んだにもかかわらず

「海軍日本語学校の卒業生で日本や日本人が嫌いな人は一人もいません。それは断言できます。卒業後、わたしたちはハワイの戦地へ赴きましたが、日本人捕虜とは、みんなすぐ友だちになりました。わたしたちは日本が戦争の相手だということを残念に思っていました」

といった指摘が何度も繰り返されていることが大変印象的でした。
11か月の日本語習得訓練で、会話ができるのはもちろん、
古文、行書までも読み解けるようになったとは驚きです。
海軍情報士官として、日本軍に関する書類の翻訳や
日本兵の日記読解、日本兵捕虜の訊問や通訳に携わり、
日本の日記文学への興味を開かれたとのこと。

教え子へのインタビューもあり、
さまざまなエピソードから、
氏の頭の良さ、教養の深さ、真摯なお人柄が伝わってきます。
巻末の「インタビューを終えて」という文章で、
キーン氏は次のように書いて筆を擱いています。

「(留学が実現した)1953年の時点で、わたしは日本は大丈夫だと確信することができた。
 戦争中に日本語を勉強した仲間たちが、戦後日本の文化の理解者になり、研究者になって次世代に日本語や日本の文化を伝えた。(中略)
 あの戦争で日本は負けたが、日本文化は勝利を収めた。これはわたしの確信するところである。」

背筋が伸びる気がいたしました。

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書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

この本読んでみたいです。

ずっと前ですが、TVの番組で、キーン氏曰く、
ーー 「三日前」とは正しくない日本語、
正しくは、「三日ほど前」と言います。ーー

うーん、なるほど。
母国語なのに気づかなかった、
細やかな日本語表現に関する教え、
驚愕しました。

また母がおつきあいしていた台湾の方の、
見事なお手紙文。

日本占領時の日本語教育のなせる技です。

今時あんなお手紙を書ける日本人は、残念乍ら
身近にいません。

もっとも、台湾でも、ご存命の方は少ないでしょうけど。

キーン氏も、戦前というか戦中の教育だったのですね。

戦前の日本の教育だって、いいとこがいっぱいあったのに、
何故か戦後は、全否定せざるを得なかったことを
残念に思います。

良い本をご紹介くださってありがとうございます。

ananさま

はい!是非お読みください。その価値があります。

いま、英語教育にしても国語教育にしても、
コミュニケーション、コミュニケーションと声高に言い過ぎた弊害が
あらわになりつつあるような気がしています。

私自身、しっかり現実を把握して対応していかなくては
と改めて気づかされました。

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