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2014年11月 7日 (金)

『走ることについて語るときに僕の語ること』

村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』                                     文春文庫2010

なんだか意味深げなタイトルだなあ…と思いましたが、
あとがきによると、

「僕の敬愛する作家、レイモンド・カーヴァ―の短編集の
タイトル "What We Talk About When We Talk About Love"
を、本書のタイトルの原型として使わせてもらった」

とのこと。ただし、本書は小説ではなく、
走るというテーマを軸に、村上氏が
「自分自身について正面から語った」もの。

なぜ、日常的に走るようになったのか、
書くという仕事と、走ることとは、どういった関係にあるのか、
マラソンで、どのような体調の変化や心境の変化を体験したのか、
長年走り続けることにより、走るという営みの意味は変化したのか
などなど、実に率直に淡々と述べています。
印象に残った点を列挙してみます。(恣意的な要約です)

spade日本語での講演は避けている。
職業柄、深く考え選んで使っている言葉で「話す」となると、うまく扱えなくなってしまう。いっぽう、英語は操る範囲に制約があるため、日本語よりも構えずに扱える。それが英語で講演をする理由だ。走りながら、英語講演のシミュレーションをすることもある。

spade100キロマラソンを体験し、40代半ばにマラソンのタイムのピークを越えてからは、トライアスロンに出るようになった。目標を設定し、それをクリアするために努力を重ね、自分を高めていくというプロセスが自分には必要だ。

spadeマラソンでは一度も棄権したことがなかったが、トライアスロンでは第一種目の水泳で泳げなくなり棄権したことがある。実は、レース時には無自覚の内に緊張のあまり過呼吸になっていたことが理由だと判明した。自らも驚いた。

やはり文がうまいなあ、読ませるなあ、と思いました。
「僕はそれほど頭の良い人間ではない。生身の身体を通してしか、手に触ることのできる材料を通してしか、ものごとを明確に認識することなできない人間である。何をするにせよ、いったん目に見えるかたちに換えて、それで初めて納得できる。インテリジェントというよりは、むしろフィジカルな成り立ち方をしている人間なのだ。」

非常に理性的に生活をコントロールして、
書くという仕事に自覚的に取り組んでいる職業作家、村上春樹。
「無頼派」とは一線を画す彼のことが、納得できた気がします。

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書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

PIOさんはとても頭のいい人ですね。

自慢になりませんが、私には村上春樹は
全く理解できません。

難解な彼の小説(これは随筆ですが)を
一読して理解し、感想を書いたりなさるのには、
驚いております。

先日の大井和郎氏のコンサートにしても、
論理的に分解してコメントされるなど、
どんなに忙しくても、読んだり聞いたりしたことを、
一つ一つ自分の中で、整理整頓できる能力に
感心しています。

これからも、こちらの記事を楽しみにしております。

ananさま

いえいえ、そんな、お褒めいただくようなことではなく、
忘れないうちにメモ!という感覚で書いているだけです。
私、なにごともすぐに忘れるという特技(!)があるものですから。coldsweats01
ブログって、あとから検索もでき、
いつ、何を見たり聞いたりしたか簡単に辿れて便利ですよね。

村上春樹、けっして難解ではないと思いますよ。
ただ、彼の小説は、独特の世界観のもとに成立しているので
(2つのパラレルな世界とか…)
とっつきにくいと感じる方も多いでしょうね。
小説が好きか嫌いかというのは、好みの問題に過ぎないと思います。

職業柄(?)、読んだり、書いたりは苦にならないので、
今後も、こんな感じで、つらつら書いていくことになるのではないかと…。
おつきあいいただけたら光栄です。
どうぞよろしくお願いいたします。happy01

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