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2014年11月

2014年11月30日 (日)

お客様来訪中

お客様来訪中
お客様来訪中
ただいま、ダンナさまの大学時代の友人三名がご来訪中〜。
これを機に、25年近く前のテーブルクロスをかけてみました。
まだ独身だったダンナさまがベルギー出張中に大枚はたいて購入したという品。
レース編みでございますよ。

画像はお客様が見える直前の撮影。
その後は写真を撮るのもはばかられ、画像なしです。
ただいま皆様、ガンガンワインを空けていらっしゃいます。wine

今後のために献立メモ。

・自家製フランスパン&ご飯入りもちもちパン
・チーズ5種
・ピクルス(人参、大根、パプリカ、エシャロット)
・トマトサラダ
・きのことスモークチキンのマリネ
・アジの南蛮漬け

・鶏ひきとマスカルポーネのミートローフ
・じゃがいものグラタン
・温野菜
・牡蠣と卵のチリソース炒め

・ご飯、みそ汁、漬物
・コーヒー、ぶどうムース

2014年11月29日 (土)

The Art of ワディム・レーピン第2日

The Art of ワディム・レーピン第2日

2014年11月28日(金)19:00開演 21:10終演
@すみだトリフォニーホール

ヴァイオリン:ワディム・レーピン
チェロ:アレクサンドル・クニャーゼフ

指揮:ロベルト・トレヴィーノ
管弦楽:新日本フィルハーモニー管弦楽団

<プログラム>

ベートーヴェン 「エグモント」序曲 作品84
ブラームス  ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲
           イ短調 作品102
   第1楽章 快速に
   第2楽章 歩くような速さで
   第3楽章 生き生きと、しかし慌てずに


ショスタコーヴィチ  ヴァイオリン協奏曲第1番
                イ短調 作品77
   第1楽章 ノクターン/ 中くらいの速さで
   第2楽章 スケルツォ/ 快速に
   第3楽章 パッサカリア / 歩くような速さで
   第4楽章 ブルレスケ / 快速に、活気をもって

********************

これぞ!という、稀有な協演の場に立ち会えた…
そんな至福の戦慄を覚えました。

演奏者全員が、全身全霊を傾けて音楽を作り上げている、
そのピシッと締まった空気感。
そして、手元に届けられる、見事な音色、躍動感。
なかなか経験できるものではないと思います。

レーピン。
彼の凄さは既に実感済みですが(→)、
オーケストラとの協演は、今回が初めてです。
彼の凄味が、オーケストラをもグイグイ引っ張り上げていく
その様子を間近に見ました。

彼、2年の間に、雰囲気が少し変わっていました。
髪はすっかり白くなり、ちょっと雰囲気が丸くなったような。
「周囲を睥睨する皇帝」から、「包容力あふれる帝王」になった
とでもいいますか。
演奏の深みは、さらに増していました。

ショスタコーヴィチの協奏曲って、聴いたことないなあ…
と思ったのですが、聴いて納得。
あの曲を、きちんとものにして弾きこなせる演奏家は、
滅多にいないのでは…
それをレーピン、全楽章暗譜で、ものすごい集中力と躍動感で
弾ききっていました。
多くの演奏家がカットしてしまうという、長いカデンツァも省かずに。
オケ、ちょっと置いていかれそうな、危うい場面もありましたが、
すぐにピシリと背筋を伸ばしてガッツリ組む、という感じ。

指揮者の力が実に大きかったと思います。
ロベルト・トレヴィーノ。なんと「現在29歳」だそうですが、
素晴らしい切れのよさ。見事な推進力。
身体の動きのカリスマ性に、目を奪われました。
彼のベートーヴェン、若々しくてみずみずしく、新鮮でした。

チェロのアレクサンドル・クニャーゼフにも、
出だしの一音から、まさにむせび泣く情感たっぷりの音色で
引き込まれました。
ブラームス、
以前に若手二人のソリスト、円熟の指揮者で聴き(→)、
見事な掛け合いに感動したのですが、
今回、円熟二人のソリスト、若手の指揮者で聴いて、
まるで異なる趣の演奏となることに驚きました。
掛け合いというより、もっともっと立体的なもの
…溢れ、絡みあい、渦巻くものが現れ来るのでした。

レーピン、クニャーゼフ、トレヴィーノ、
この3人の共演を実現させた主催者にも拍手を送りたいと思います。

2014年11月28日 (金)

地域密着でたのしむ

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ここ数日で
ぐぐっと紅葉が進みました。
特に遠出せずとも、
あちこちで、
思わず足をとめて眺めてしまいます。
左の画像は、職場の窓から1枚、
朝の通勤途中で1枚。
そして、仕事後は、

20141128_7_38_41

職場近くの地域会場で催された
ボランティアの方々による寄席に
足を運んでみました。

なかなかお見事なお話しぶりで
びっくりでしたよ。
できれば今後、こんな方々を職場にお招きして、20141128_13_46_57
日本語を学ぶ留学生たちの
貴重な「生の体験」として、学習に結び付けたいなあ
……ということで、
来年度に向けて考えてみようと思っています。

2014年11月27日 (木)

六義園

六義園
六義園
ぽかぽかの小春日和に誘われて、紅葉狩りに来てみました。
もしかすると30年ぶり?
外国からの来訪者も多くなって、雰囲気も変わったような。
青空の下の紅葉、やはりいいものです。

2014年11月24日 (月)

『逃げる幻』

ヘレン・マクロイ 『逃げる幻』 創元推理文庫 2014

1か月ほど前に読んだ本です。
最近、「ちょっと昔の物」系列にはまり込んでいる感あり

ですが、これもその一つ。
原作は、終戦の年1945年に出版されています。

舞台は大戦中のスコットランド。
休暇を利用して(秘めたミッションも担って)、
ハイランド地方を訪れたダンバー大尉が遭遇したのは
恵まれた家庭環境にあるはずの少年が、
家出を繰り返しており、そしてその周囲で殺人事件までも…
という展開。

出版社の宣伝文句によると
「目撃者の前で、少年が開けた荒野から忽然と消えた人間消失事件と、密室殺人」
ということになるのですが、
実は、そういったトリックは表層上のものにすぎず、
最後の最後に明らかになる真相は、まさに深層に及ぶもの。
ガツン!とやられます。

今、筆者が女性であるということに初めて気づきました。

読み終えてから、じわじわ、じわじわ、その重みが意識されます。
戦争って、一筋縄ではいかない、全体像は捉えきれていない
ということが実感される本です。
今現在も、同様のことがどこかで起きているに違いない
という予感すら覚えます。
今という時代の危うさ、しみじみ怖いです。

2014年11月22日 (土)

『笹の舟で海をわたる』

角田光代 『笹の舟で海をわたる』 毎日新聞社 2014

戦時中、小学生として疎開生活を体験、
戦後、見合い結婚して高度成長期に二人の子育てをし、
60代を迎えている左織が主人公。

幕開けは、左織が風美子とともに海辺の豪邸を訪れ、
その家を買って二人で転居する、しない、という場面から。

妙に金回りの良い風美子とは、何もの?
地味な左織との関係は?あれ?姉妹?
という疑問からのスタートですが、
あっという間に二人の関係が明らかになり、
ストーリーは淡々と進みます。
昭和の女一代記、いや
左織、風美子、交錯しつつ進む二人の人生記
とでもいいましょうか。

『空中庭園』のように苦い毒に満ちているわけでも、
『紙の月』のようにサスペンス色が濃いわけでもなく、
薄墨で描いているような趣の作品。

読後感は、すっきりしています。
海辺の豪邸の場面から、時間を遡って二人の姿を描き出した後、
60代での転居問題に、左織が初めて自ら決断を下し、
風美子に対する屈折した思いにも区切りをつける場面には
共感を覚えます。

ちょうど左織の娘、百々子と同世代にあたる私、
自分の人生と重ね合わせて読める箇所も多々。
読んだ後に、じわじわ心に沁みこんでくるような本でした。

2014年11月21日 (金)

16:10の空

午後4時にして、日暮れモード。
冬がずんずん近づいてきていますね。

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2014年11月20日 (木)

いつものケーキと負のスパイラル

先日の彩音会コンサートに来てくれた
ご近所のママ友たちと、久々にランチ会を…
という話になり、
ご来場いただいたお礼にと、久々にケーキを焼きました。

寒くなってくると、
オーブンを使って焼くケーキ、お部屋の暖にもなりますし、
部屋中にいい香りも漂って、いいものですね。

20141120  ランチでは、
 息子と同学年の男子学生たち3人の八面六臂の活躍ぶりを拝聴し、
わたくし、密かに、いや、明らかに落ち込んでしまい、
そんな了見の狭い自分自身にますます落ち込む

……という負のスパイラル・ループに。。。

他人と比較したって、何も始まらない。
わかっているのですけれど、ね。

2014年11月15日 (土)

『アンリ・バルダ 神秘のピアニスト』

青柳いづみこ『アンリ・バルダ 神秘のピアニスト』
白水社2013

アンリ・バルダといえば、2012年にTV放映で演奏を見て
その見事さにびっくり仰天し(→)、
行こうとした今年の来日演奏会が中止になった(→)、
私にとっては、ただいまホットなピアニストです。

本書は、
著者の青柳氏とバルダ氏との個人的な交流記ともいえる
読みやすい書きぶりの本でした。

バルダ氏、1941年6月生まれといいますから、
アルゲリッチとまったく同じです。
バルダ氏、エジプトのカイロ生まれ。
アルゲリッチ、アルゼンチンのブエノスアイレス生まれ。
カイロ、ブエノスアイレスが、
1950年代まで世界有数の音楽マーケットで、
超一流の音楽家がたくさん立ち寄っていた都市だった
ということ、初めて知りました。

アルゲリッチとは対照的に
バルダ氏が世界の注目を浴びるようになったのは
2000年代になってからのようです。
もちろん、若い頃から数々の賞を受賞するなど、
その実力は認められていたのですが、
自虐的といえるほどペシミスティックな性格や
気難しさから、滅多に演奏会が開かれてこなかったとのこと。

バルダ氏の経歴を辿る青柳氏の分析により、
楽譜、作曲家の記譜どおり忠実に弾くという解釈と、
演奏者の解釈も加えて自由に弾くという解釈が
どういった歴史的背景のもとでせめぎあって来たのかが
納得できました。
個人的には、バルダ氏の主張に共感を覚えます。

楽譜に記号で書いてあるから、こう弾く
のではなく、
音符がこう弾くように求めているから、こう弾く。
実際に記号で指示されているか否かは、参考にすぎない。
という考え方。

やはり、一度生で聴いてみたいなあ、と改めて思いました。
来日演奏会は中止ではなく延期のようですので、
その日を楽しみに待ちたいと思います。

2014年11月13日 (木)

近代日本学のパイオニア

企画展: 近代日本学のパイオニア
――チェンバレンとアーネスト・サトウ――

             @横浜開港資料館

うらうらとお散歩日和の午後、思い立って行ってきました。
明治期の三大ジャパノロジストと言われる、

アーネスト・サトウ(1843-1929):英公使館付通訳生として幕末に来日
B.H.チェンバレン(1850-1935):同じく通訳生として1864年来日
W.G.アストン(1841-1911):1873年にお雇い外国人として来日

のうち、サトウとチェンバレンの生活ぶりを展示する企画展。

サトウが息子宛てに
出張先のアジア諸国から送った日本語での葉書、手紙、
そして見事な墨書、
チェンバレンが詠んだ和歌が掲載された書籍や
自らの手で和歌を書いた短冊(来日4年目で詠作)など、
さすがの品々に、舌を巻きました。

日本語学習という点では、
当時の英国公使パークスは部下に日本語習得を厳しく課し、
試験もおこなっていたとのこと。

武士や遊女などが書いた実際の手紙などを日本語で書き写し、その横にローマ字で読み方等を書いた墨書き、和紙の帳簿や、
実際の会話をローマ字で書きとって英訳をつけたメモなど、

その英国外交官の日本語学習帳も展示されていました。

・おもいだすと くやしくて ならない。(Don't remind me of it.)
・あなたは どこかで おみかけもうしたようだ。(When have I met you before.)
・ほかのことではないが、(I only wish to say)

当時はこういう言い回しが「生の会話」だったのですね。
実物を目のあたりにすると、実に身近に感じられます。
人もあまりいない展示会場、ゆったりセピア色の時を楽しみました。

画像は、資料館入口の看板と、
帰りにおさんぽした海べりの風景。赤レンガ倉庫も見えます。

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2014年11月12日 (水)

『わたしの日本語修業』

ドナルド・キーン・河路由佳
『私の日本語修業』 白水社2014

ドナルド・キーン氏といえば、誰もが知っている日本文学者。
2011年、88歳でコロンビア大学での最終講義を終えたのち
震災後の日本へ移住されています。

本書は、
キーン氏が日本語を学び始めた1942年、
海軍日本語学校で使用されていた日本語教科書や、
コロラド大学に保存されていた、当時のキーン氏の手紙などを
著者の河路由佳氏が持参してキーン氏の元を訪れ、
インタビューした記録をまとめたものが中心となっています。

戦時中より前の時代、
外国人が日本語を学ぶということが、いかに稀有だったか、
教材、辞書も整っていない中、いかに勉強を進めたのか、
といったことが手に取るように伝わります。
そして、
戦時中の、軍隊に所属する施設で学んだにもかかわらず

「海軍日本語学校の卒業生で日本や日本人が嫌いな人は一人もいません。それは断言できます。卒業後、わたしたちはハワイの戦地へ赴きましたが、日本人捕虜とは、みんなすぐ友だちになりました。わたしたちは日本が戦争の相手だということを残念に思っていました」

といった指摘が何度も繰り返されていることが大変印象的でした。
11か月の日本語習得訓練で、会話ができるのはもちろん、
古文、行書までも読み解けるようになったとは驚きです。
海軍情報士官として、日本軍に関する書類の翻訳や
日本兵の日記読解、日本兵捕虜の訊問や通訳に携わり、
日本の日記文学への興味を開かれたとのこと。

教え子へのインタビューもあり、
さまざまなエピソードから、
氏の頭の良さ、教養の深さ、真摯なお人柄が伝わってきます。
巻末の「インタビューを終えて」という文章で、
キーン氏は次のように書いて筆を擱いています。

「(留学が実現した)1953年の時点で、わたしは日本は大丈夫だと確信することができた。
 戦争中に日本語を勉強した仲間たちが、戦後日本の文化の理解者になり、研究者になって次世代に日本語や日本の文化を伝えた。(中略)
 あの戦争で日本は負けたが、日本文化は勝利を収めた。これはわたしの確信するところである。」

背筋が伸びる気がいたしました。

2014年11月 7日 (金)

『走ることについて語るときに僕の語ること』

村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』                                     文春文庫2010

なんだか意味深げなタイトルだなあ…と思いましたが、
あとがきによると、

「僕の敬愛する作家、レイモンド・カーヴァ―の短編集の
タイトル "What We Talk About When We Talk About Love"
を、本書のタイトルの原型として使わせてもらった」

とのこと。ただし、本書は小説ではなく、
走るというテーマを軸に、村上氏が
「自分自身について正面から語った」もの。

なぜ、日常的に走るようになったのか、
書くという仕事と、走ることとは、どういった関係にあるのか、
マラソンで、どのような体調の変化や心境の変化を体験したのか、
長年走り続けることにより、走るという営みの意味は変化したのか
などなど、実に率直に淡々と述べています。
印象に残った点を列挙してみます。(恣意的な要約です)

spade日本語での講演は避けている。
職業柄、深く考え選んで使っている言葉で「話す」となると、うまく扱えなくなってしまう。いっぽう、英語は操る範囲に制約があるため、日本語よりも構えずに扱える。それが英語で講演をする理由だ。走りながら、英語講演のシミュレーションをすることもある。

spade100キロマラソンを体験し、40代半ばにマラソンのタイムのピークを越えてからは、トライアスロンに出るようになった。目標を設定し、それをクリアするために努力を重ね、自分を高めていくというプロセスが自分には必要だ。

spadeマラソンでは一度も棄権したことがなかったが、トライアスロンでは第一種目の水泳で泳げなくなり棄権したことがある。実は、レース時には無自覚の内に緊張のあまり過呼吸になっていたことが理由だと判明した。自らも驚いた。

やはり文がうまいなあ、読ませるなあ、と思いました。
「僕はそれほど頭の良い人間ではない。生身の身体を通してしか、手に触ることのできる材料を通してしか、ものごとを明確に認識することなできない人間である。何をするにせよ、いったん目に見えるかたちに換えて、それで初めて納得できる。インテリジェントというよりは、むしろフィジカルな成り立ち方をしている人間なのだ。」

非常に理性的に生活をコントロールして、
書くという仕事に自覚的に取り組んでいる職業作家、村上春樹。
「無頼派」とは一線を画す彼のことが、納得できた気がします。

2014年11月 6日 (木)

大井和郎ピアノコンサート

大井和郎ピアノコンサート

2014年11月6日(木)19:00開演 20:20終演
@松尾ホール

<プログラム> フランツ・リスト作曲

  1. 回想
  2. 悲しみの小舟
  3. エルナーニ ~ヴェルディのオペラトランスクリプションより~
     休憩
  
 ~超絶技巧練習曲より~
  1. 田園
  2. 幻想
  3. 英雄
  4. 夕べの調べ
  5. 雪嵐
アンコール  瞑想

*********************

先日の彩音会コンサートにご来場くださった方のご紹介で
足を運んだリサイタル。
大井和郎氏は、「リスト弾き」として知られる方とのこと。
オール・リストの曲でCDも複数枚出されています。
本日は、小規模なサロン・ホールにて
前から2列目でピアニストの手元をがっつり見つつ聴く
という得難い経験をしました。

既にリスト・プログラムでリサイタルを重ねている氏自身から、
今回は「まだ演奏せずに残っている曲」を集めたため、
メジャーではなく、技巧的難曲ぞろいとなり、
非常にストレスフルである、との解説が冒頭に。

まずもって、ミスタッチの少ない演奏でした。
リストならではの、
低音域から高音域まで駆け抜けるスケールや、
分厚い和音を、がっしり捉える力を感じました。

また、音の重なりのバランスを作る力、
旋律ラインを際立たせる力も光りました。
いわゆる「縦の線」を揃え、それを連続させることで
曲を作っていく方のように見受けられました。
演奏者の身体の動きからもわかるものですね。

ただ、「縦の線」に意識が行くぶん、
横に流れる線が、無造作に扱われていた感も。
曲作り、奥が深いです。

リストの隠れた(?)名曲も知ることができ、
いろいろな意味で、たいへん刺激になるリサイタルでした。

2014年11月 4日 (火)

秋の夕方16:50の空

秋の夕方16:50の空

秋の夕方16:50の空
夕焼けを映す川面も、なかなかの風情。
ちょっと北に目を移すと、夕刻の月が。

2014年11月 3日 (月)

秋の朝6:00amの空

秋の朝6:00amの空
夜明けが遅くなりましたね。
朝6時の朝焼けです。
太陽が上ってくる位置も、ずいぶん北に寄りました。

2014年11月 2日 (日)

伴奏終了

妹のフルート発表会の伴奏。

昨日の合わせ練習では…
1回目:ズレズレ、ダメダメ~(-_-;)
1時間後:おっ♪ 結構合ったじゃん。これで行こうぜい(゚▽゚*)
で、本日本番。
やっぱり、思い切りアガッテしまいまして、ミスタッチぼろぼろ。
すまぬ、妹よ…。
でも、昨日の1回目よりはよほどマシだったかと…。
アガリついでに、せっかく録画機器を持参したのに、録画失敗。
録音機器を持参した妹も録音失敗。(lll゚Д゚)
……どの程度の出来だったのか、わかりませぬ。
やっぱり、たとえ伴奏であっても
「暗譜できる」ぐらい弾きこんでこそ、だと再認識いたしました。 
次回から心して取り組みたいと思います。

画像は、
発表会会場のスタジオ至近、紅葉もみえたアークヒルズ、
いただいてきた参加記念品のプレート、
そして、妹と打ち上げた焼き鳥店です。maple

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2014年11月 1日 (土)

1週間を経て

なんとまあ、11月になってしまいました。
今年も残すところあと2ヶ月です。

年々、月日の過ぎる速度がスピードアップしている感覚。

実は、先週末のピアノ演奏以来、
いろいろ、考え込んでしまっていました。
自らが課題と考えていた欠陥、
練習では、かなり修正できたという手ごたえを感じていたのに
本番ではもろくも崩壊、欠陥露呈、となってしまったので。

やはり、詰めが甘かった、ということだろうと思います。
少なくとも、後退はしていないという実感はあるので、
今回の反省を胸に、また積み重ねて行きたいものです。

1週間を経て、お花、まだまだ元気です。
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