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2013年10月26日 (土)

『チェロとわたし』

グレゴール・ピアティゴルスキー(村上紀子 訳)
『チェロとわたし』 白水社 新装版2009  初版1972

著者のチェリストのことは全く知らなかったのですが、
先日読んだ『船上でチェロを弾く』(→)で、
音楽家の自伝としては例外的に面白い作だとコメントされていたので、
興味をひかれて読んでみました。

グレゴール・ピアティゴルスキー(1903-1976)は、
ロシア帝国領ウクライナに生まれ、アメリカで没したチェリスト。
ピアノのアルトゥール・ルービンシュタイン、ヴァイオリンのヤッシャ・ハイフェッツとトリオを組んで評判となったり、
多くのチェロ協奏曲の初演を依頼されたりして大活躍しました。

何に驚いたといって、そのキャリアのありよう。
オーケストラのコンサートでチェロを聞いて大感激した幼い彼、
2本の棒をチェロと弓に見立てて遊ぶようになり、
7歳のときに実際に本物のチェロを手にします。
そして、家計を助けるため、8歳からチェロで仕事を開始。
ナイトクラブで演奏して!

その後も、
家族旅行で旅費が一人分足りなくなったため、
「オーケストラに仕事が見つかった」彼一人がその場に残り、
1週間働いて給料を得てから帰宅し、なんとか学校に間に合った
とか。
彼の演奏を聞いた大金持ちに「新しいチェロを買いなさい」と
どどーんと渡された大金で買ったグァルネリのチェロが
とんでもない偽物だった、とか。
留学先で下宿費が払えなくなり、荷物すべてを手形に取られて
放り出され、しばらくホームレスとして生活した、とか。

世界で大活躍するチェリストの経歴とは信じられないような
破天荒なエピソードが、次から次へと。
コンクールを受けたとか、何か受賞したとかいう話は皆無です。

そんな彼がなぜ、音楽界で活躍できたのかというと
演奏家たちのあいだのクチコミなんですね。
「友人があなたの演奏を推薦していたから」
「だれそれからあなたの評判を聞いていたから」
と言って、埋もれていた彼を見つけ出し、苦境から救い出し、
一緒に演奏することで、さらに彼の実力が知れ渡っていく…。
そうして、フルトヴェングラーの力を得て、
ベルリン・フィルの主席チェリストになるのです。

ほほう、なるほど~と思いました。

また、彼の時代の作曲家、演奏家との交流も興味深く読みました。
ラフマニノフ、リヒャルト・シュトラウス、プーランク、プロコフィエフ。
ピアノのホロヴィッツ、パヴロフスキー、リパッティ。

訳文がちょっと読みにくいですけれど、
(「カール・フレッシュは、その有名な名前を厳然とになっていた(p.159)」とか…^_^;)
なかなか面白うございました。

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コメント

百万ドルトリオですね~!動画ありますよ、たぶん。
それにしても、ピィアティゴルスキー、そんな高橋是清なみの破天荒な人生だったとは(汗)。
アメリカってコンクール歴とは関係なく世に出る演奏家多いですよね。五嶋みどりしかり、ランランしかり、代演とか指揮者に認められて・・とかよくきくような気がします。
でもこんなネットの時代になった今、口コミと動画で世に出るケースも増えてくるんじゃないでしょうか。

いぞるで様

百万ドルトリオって呼ばれたんですね~。
その名前は、CD解説やら何やらで目にしたことはありますが、
実際に演奏を聴いたことはないかも。
今度、検索してみます!

確かに、ランラン、五嶋みどり、そうですね。
でも、彼らは「息子を、娘を世にだそう!だしてみせる!」
という親の情熱も大きく後押ししていたと思います。

ピィアティゴルスキーの場合、
家族に最初の楽器を買ってもらいはしましたが、
その後は「チェロで稼いでこいよ」という扱いを受けるだけで、
彼のキャリアを応援していたような書き方は全くされておらず…。
まさに独立独歩で頑張ったような印象を受けます。

いまの「ステージ・ママ&パパ」とは隔世の感があります。はい。

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