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2011年10月22日 (土)

『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』

村岡恵理 『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』 新潮文庫

言わずと知れた『赤毛のアン』全シリーズを翻訳した村岡花子氏の伝記。
筆者の恵理さんは、花子の孫にあたります。

実は私、小学生時代、この『赤毛のアン』シリーズに見事にはまりまして、
シリーズ全10巻はもとより、その他のモンゴメリ作品もすべて読みました。
誕生日のプレゼントとして、これらの本を複数冊リクエストしては、
手元に置いた本を何度も読み返した記憶が…

『赤毛のアン』が出版されたのが昭和27年。
その後、7年にわたり10冊のアン・シリーズを翻訳。
モンゴメリの「エミリー」3部作の出版が昭和34年から44年まで、とあるので、
初版本を読んだわけではありませんが、
たしか、新装出版された新刊本を揃えていっていたように思います。

村岡花子、という名前はとても強く心に残っているものの、
彼女の生涯について知ったのは初めて。

東洋英和女学校の「給費生」として寮生活を送り、
その中で英語をマスターした人で、海外滞在経験はなかったこと、
戦前から、子ども向けラジオ番組を通して、その声が全国に知られていたこと、
など、驚くことばかり。

父親が教育熱心なクリスチャンだったことから、
花子のみ、ミッション・スクールに特別に入学できたものの、
彼女の弟、妹にはそのようなチャンスは与えられず、困窮生活に耐えていた、
とあります。
そして、この学校生活で得た友人が、得難い財産となるのです。

卒業後も、
・吉屋信子
・林芙美子
・宇野千代
・市川房江
などと交流を持っていたことに、びっくり。
考えてみれば、当時、社会的に活躍している女性は少なかったのですから、
そういう女性同士の交流があったのは当然かもしれませんが。

また、エリザベス・サンダースホームの澤田美喜、
小説『死線を越えて』の賀川豊彦とも、接点を持つなど、
読みながら、明治・大正・昭和の時代を見直すこともできたような。。。
(花子は明治26年生まれ、昭和43年没)

自分の子供時代のことも含め、古い時代の香りに浸ってしまいました。

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