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PIOの新ブログ

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2011年4月

2011年4月28日 (木)

休みに入ると…

ちょっと長い休みに入ると…

体調を崩す!

今回もまた、どんぴしゃり。
不調です。
単なる風邪だとは思うのですが。

喉が痛い。

鼻水が出る。

熱も出た。

……しか~し!
明日、あさっては、我が家で打ち合わせです。
ゴールデンウイーク中、
たしかに授業こそありませんが、
「仕事が休み」 とは言えないのでありました。

なんとかせねば。。。。

2011年4月27日 (水)

ふりかえり

ブログ、しばらく放置してしまいました。

・新年度の立ち上げで、仕事のほうがアップアップだったこと、
・夫が休暇で戻ってきていて、家事負担が増していたこと、

が、主な理由です。
で、この間のことを振り返ってみますと…

先週末には、久々にアンサンブルのレッスンがありました。
なんと、震災後初めて。
メンバーのスケジュールを合わせるのは、結構大変なのです。

それにしても
まったくもって、私のリズム感の弱さには我ながら、イラつきます。
2月の発表会のCDもいただいて、
先ほど、勇気を振り絞って、一部聴いてみたのですが、

うううう。がっくし。

数年前の演奏なども、ふりかえって聴いてみました。
やはり、弾きこんだ曲は、まあ、マトモに聞こえます。

このところ、あれや、これやと、弾き散らかして、
結局、すべて中途半端に終わってしまった、ということが、あらためて判明。

せめて、今から始める曲は、ちゃんと弾きこもう、と思います。
実際にできるかどうかは、あまり自信が持てないのですが。。。

2011年4月19日 (火)

フェルメール《地理学者》

4月7日に行った美術展です。
午前の予定と午後の予定の間にできた、中途半端な空き時間を利用して。
大震災の影響で、閉館時間が早まっていましたが、
平日昼間は、それほど混雑していませんでした。

シュテーデル美術館所蔵
フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展

@Bunkamura ザ・ミュージアム

やはり、テーマに銘打ってあるフェルメール《地理学者》が、
圧倒的な存在感でした。
理知的で、なかなかいい表情をしていますね、地理学者。

その背景に描かれたものに時代の特徴が表れている、とのことで、
動画とナレーションを使用しての解説に加え、
描かれたものの実物やレプリカ(コンパス、地球儀、布地、等)が
一緒に展示してあって、大変わかりやすかったです。

時間の制約により、ちょっと慌ただしい鑑賞となりましたが、
行ってよかったと思います。

原発事故の影響で、
美術品が日本へ貸し出し拒否となり、中止となった美術展もある中で、
芸術品が見られる幸せを感じました。

2011年4月18日 (月)

ネグレクト

息子の出来が悪いのは、

小さい頃から、母親が仕事、趣味と、勝手に出歩き、

息子をほったらかしていたから。

兄弟姉妹もなく、一人で放っておくから、

好奇心も芽生えず、やる気も起きず、

今の体たらくになった。

……と、非難されました。今さら、どうすることもできませんが。

2011年4月17日 (日)

高校生の親への大学受験アドバイス

6年一貫教育で、高校入試を経ずに高校生になった息子。
だらけぶりたるや、目も当てられず……

昨日、そんな愚息の学校の保護者会でありました。
「進路指導部」の先生からのお話に、ビックリ仰天。
備忘録として、要点を書き出しておきます。

■文系、理系を選ぶ(今年度中に決定)うえでの留意点

1)「就職がいいのは理系」という発想は、今では通用しない。

文系でも理系でも就職の上での差はなく、同様に苦労する。
親が古い発想を子に押し付けることのないよう、注意してほしい。

2)安易な理系選択は地獄を見る

理系を選んだ時点で、数Ⅲまで必修となり、
高3にもなると、週に9時間が数学、という時間割になる。
数学が嫌いな生徒は、学校にいる時間=苦痛の時間、となりかねない。

「覚えるのが嫌いだから」という「消去法の理系」選択、
「理科が好きだから」という安易な発想の理系選択は、やめたほうがいい。

3)「首都圏の国立大学」を目指すなら、文系より理系

地理的に通える範囲で、段階的レベル差をもった選択肢があるのは理系。
文系の国立は、大学間のレベル差が段階的とはいえず、
結果的に、ギャンブル的な受験になってしまう。

■生徒の志向

「とにかく東京の大学じゃないと」という発想が強い。
神奈川、千葉、埼玉、の大学でも「都落ち」という感覚を持つ。
親の世代にありがちな「私立より国公立」という感覚は、生徒には薄い。
特に「公立」は人気がない。

■男子は苦戦

女子は、自分の能力をフルに生かすべく、挑戦するようになった。
昔なら男子学生ばかりが合格したところに、女性がどんどん合格している。
つまり、男子がはじかれている、ということ。

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はあ、さすが6年一貫教育。
高校1年から、受験モードに突入、といった感じでした。
……先生サイドでは、ということですが。

日がな一日、へらへら、へらへら、している息子を、どうしたものやら…

私自身の高校時代は、といえば
旧制中学をそのまま引きずったような「地方の県立高校」に在籍。
女子は男子の4分の1程度の人数で、
進路指導でも「女はカウントせず」に近い発想が、先生側にもあったような…
なにせ、文系だろうが数Ⅲまで必修、というバンカラ高校でした。

「親元から出たい」
「学費はできるだけ安く上げたいから、国立」
が、一般的な発想でした。

こういう発想って、ここでは通用しない? 
わたくし、過去の遺物でしょうか。

2011年4月15日 (金)

わたしを離さないで

原題 "Never let me go"
原作は、カズオ・イシグロの小説。
同じ題名のラブソングが、映画の中でも大きな役割を果たします。

とても重い内容です。
内臓のドナーとなるために生を受けたクローン。
specialな彼らの寄宿舎時代から、completeされるまでの軌跡を描きます。

淡々と映し出される、イギリスの美しい田園風景。
運命を受け入れざるを得ない、悟ったような表情の若者。
一縷の望みをかけた行動から、明らかになる寄宿舎時代の謎。

次の英文の切なさが、しみじみ胸に迫りました。

・I wish I could help you.
・It has been two weeks since I lost him.

近未来でも、過ぎ去った遠い昔でもない、という時代設定。
1970年代に寄宿生活を送り、
1980年代に社会に出て、
1990年代にcompleteされる…

「絶対ありえない」とは、言いきれないような、不気味さがあります。
主人公たちが、特別な寄宿生「最後の世代」で、その寄宿舎は既にない…
というのですから、なおさらです。

非常に強いインパクトを受けました。
たぶん、忘れるに忘れられない映画になると思います。

2011年4月14日 (木)

放射能汚染をめぐる誤解

次の記事からの抜粋を貼り付けます。
「放射能汚染をめぐる日本人の誤解と政府の説明責任」

チェルノブイリの惨状を知る被曝治療の権威
ロバート・ゲイル博士へのインタビューです。

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飲料水について:

(日本政府は)現在、
飲料水では放射性ヨウ素が1リットルあたり300ベクレルを超えると好ましくない
というメッセージを国民に伝えている(乳児の規制値は100ベクレル)。
しかし、この数値は何も
目の前のコップに入った水を飲むと危険だということを示しているのではない

20杯飲んでも大丈夫なはずだ。その値以上の飲料水を5リットルほど毎日1年間飲み続けたら、ガンになる確率が1万分の1上がる可能性がわずかにある、ということ。

魚介類への影響:

他のものを食べず、その魚だけを一生食べ続けたら、
ガンになるリスクがわずかに増えるという程度ものだ。
そもそも海には以前から放射性物質が含まれている
1994年まで海底での核実験が行われていたし、原子力潜水艦や核弾頭なども海底に沈んでいるからだ。
海水の放射能汚染は何も新しいことではない。

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放射能そのものよりも、
どう行動すべきかの指針がなく、社会全体に不安感が広まること、
風評被害で、さまざまな産業が経済的な打撃を受けること、
のほうが、ずっと大きな問題となっていると思います。

2011年4月13日 (水)

dragon's back trail 写真

5時間ハイキング(→)の写真です。

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2011年4月12日 (火)

『下町ロケット』

また、敵たる大会社の内部の人物像、人間関係、
敵の中でも、町工場に肩入れするようになる人物が「干され」る様子、
しかし、最終的には正論が通っていくまでのいきさつ等が丁寧に描かれ、
経済界にうとい私のような者でも
「なるほど」
と思わされます。

エンターテイメント要素満載で、楽しく一気に読めます。
おすすめです。

2011年4月11日 (月)

震災後、1か月目

本日、某学校にて、新年度初授業。
奇しくも震災後1カ月の節目の日とあって、
校内放送で

「14時46分から1分間の黙祷を捧げましょう」とのよびかけが。

ちょうど「一~万」の数字が学習項目にも入っており、
震災で亡くなった方々、あるいは行方不明となった方々の人数、
避難生活を送っている方々の人数、などの数字についても扱いました。

その後、黙祷を呼び掛けてみたところ、

4月になって来日したばかりの、さまざまな国籍の学生たち、
それぞれの宗教に沿う方法で、姿勢で、
とても真摯な態度で、
祈りをささげてくれました。

なんだか、じーんと心にしみました。。。

2011年4月10日 (日)

福島とチェルノブイリの差

知人から、
福島原発事故の医学的科学的真実: 稲 恭宏博士緊急特別講演
というビデオを教えてもらいました。

ポイントを挙げます。

■線量率(1時間あたりの放射線の強さ)とは、次の二つに分類される

「高線量率」=プロボクサーに殴られたような強さ
「低線量率」=お母さんが赤ちゃんをなでるような強さ

「高線量率」とは、1億、1兆マイクロシーベルト
 ・がん治療のX線照射量 =1億2000万  マイクロシーベルト
 ・チェルノブイリ原発事故 =1200億    マイクロシーベルト
 ・広島、長崎の原爆    =1ケイ2000兆 マイクロシーベルト 

現在の福島原発関連で計測されている放射線は、
上記とは10万、100万以上ケタが異なる「低線量率」のレベルであり、
チェルノブイリとは異次元の話である。

■世界中では、自然放射線量に、もともと数千倍の差がある。
 「通常の100倍、1000倍」という数字におびえる必要はない。

・「低線量率」の放射線を浴び続けるということは、たとえるなら、
  毎日8グラムの塩を摂取する(100日間で800グラム)ことに相当する。
    
・「高線量率」の放射線を浴びるのは、1日で800グラムの塩を摂取すること。
  これは、健康に害を及ぼす。

低線量率の放射線を浴び続けることを、
短時間で高線量率の放射線を浴びることと比較して論じるのは意味がない。

そもそも自然界に存在する低いレベルの放射線を浴び続けても、
健康には害はない。

■原発事故の例は少ないため、チェルノブイリ事故をモデルに論じられるが、
 福島とは、事故の規模も条件も大きく異なる。

チェルノブイリで「甲状腺がん」が発生したのは、
内陸国で、恒常的に「ヨウ素不足」の人々の体に放射線ヨウ素が入り、
そのほとんどが甲状腺に取り込まれてしまったため。

海洋国日本では、人々は海産物から十分なヨウ素を摂取している。
放射線ヨウ素が、チェルノブイリのレベルで体に取り込まれることはない。

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個人的には、私、上記の解説に納得できました。
「浴び続けても大丈夫」な放射線量の規定には異論もあるでしょうが、
福島から200キロ以上離れた東京で右往左往する必要はないと思います。

2011年4月 9日 (土)

さくら@相模大野

研究会で訪れた場所で撮った桜です。満開でした。

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恋とニュースのつくり方

飛行機の中で見た映画です。
原題は‘Morning Glory’。こっちのほうが、ずっといいのに。。。
朝の光=朝番組の栄光

TV会社でリストラされた若い女性アルバイト社員が、リクルート活動の末
朝の情報番組の正規プロデューサー職を得て、
仕事にも恋にも全力投球……と書くと、
バブルのころの「24時間戦えますか」みたいですね。

でも、私にとって面白かったのは、その全力投球ぶりよりも、
苦虫をかみつぶした表情の、有名「老」報道キャスター、
ハリソン・フォードと
にっこり微笑んでの"Welcome back!"が実に似合う美人女性キャスター、
ダイアン・キートンの、TV画面を通した「がっぷり四つ」の取り組み。

最後のあいさつを言った者が「メイン・キャスター」、という点にこだわり、
二人でエンドレスに"Good bye"を繰り返すとか、
にっこり笑いながら嫌みを言うダイアンに、
苦虫の表情でカメラをにらみつけて応酬するハリソン、とか。。。

TV番組制作の舞台裏をのぞいちゃう、みたいなゴシップ的興味も満たされ
ジョークいっぱい、コミカルな部分も多く、楽しめました。

「視聴率を上げろ」って言われると、
キャスターに爬虫類を触らせたり、躍らせてみたり、etc.のドタバタの実況生中継
……って、日本だけではなかったのね。(ダイアン・キートン、はまり役でした)

もちろん、「ここぞ」というところは、
心にしみるエピソード、場面、が出てきます。
苦虫キャスターの「ここぞ」は、実にカッコよかったです。さすが。

飛行機の中で見るには、こういった軽いノリのものがいいな、と思いました。
重い内容のもの、映像美を楽しむものは、やはり大画面がいいかと。。。

帰りの機内では、
アカデミー賞をとった「英国王のスピーチ」を見たのですが、
大画面で見たほうが、もっと、もっとよかっただろうな……と思われました。

2011年4月 8日 (金)

河村尚子@東京・春・音楽祭2011

   東京・春・音楽祭

     河村尚子
  ピアノ・リサイタル

~リストへの旅―生誕200年に寄せて~

2011年4月7日(木)19:00開演 21:00終演

東京文化会館 小ホール

J.S.バッハ(ブゾーニ編):
コラール前奏曲「主イエス・キリスト、われ汝を呼ぶ」BWV639
シャコンヌ

R.シュトラウス:5つの小品 Op.3

ワーグナー(リスト編):イゾルデの愛の死
シューベルト(リスト編):糸を紡ぐグレートヒェン
シューベルト(リスト編):《美しい水車小屋の娘》より「水車小屋と小川」
シューマン(リスト編):献呈

リスト:《愛の夢》第3番

リスト:《巡礼の年 第2年 イタリア》より「ダンテを読んで」

J.S.バッハ(ペトリ編):「羊たちは安らかに草を食み」BWV.208-9

********************************

ピアノって、こんなに美しい音を奏でるものだったのだ…
と、目を開かされる思いでした。

リストというと、「硬質の、畳みかける打鍵音」のイメージが強かったのですが
(決してそれだけではないとは、わかっていますが)、
そのイメージが変わりました。

「打鍵音の連続」の中にも、歌心があるのだ、
と気付きました。
「ピアノで歌う」と、こんなに奥行きのある音楽が生み出せるのだ、と。

河村さんの演奏は
「楽器を弾く」
という範疇を超え、楽器と戯れ、楽器の一部と化していました。
鍵盤に吸いつくような打鍵、無駄な力を一切使わない柔らかい腕の動き、
凛とした姿勢
……ステージ真正面、後方の、ピアノを見下ろす席から見た、
その滑らかさは、この世のものとも思われず、夢へと誘われてしまうよう。

「ステージでの演奏」
という枠を超え、会場全体に小宇宙を作ってしまったかのようでした。
満席の会場が、異空間と化していました。

ホールの音響の良さもあってでしょうか、
秋のリサイタル以上(→)以上の感動でした。
至福の時を過ごせたことに感謝です。

2011年4月 6日 (水)

帰宅しました

昨日夜、夫の赴任先より帰宅しました。

12日間もの長期間…と思っていたのですが、過ぎてしまえばあっという間。

帰宅から今まで、東京では余震を感じていません。

徐々に、震災の影響も弱まってきているのでしょうか。

桜もほころびつつありますね。

原発の状況が心配ではありますが、こればかりは為すすべもなく…

息子は明日より、

私は来週より、

新年度の本格始動となります。

さあ、春です。

そろそろ頭のスイッチを切り替えなくては……

2011年4月 4日 (月)

歓待

国際映画祭(→)から、またまた日本映画を見ました。

歓待(hospitalite)

上記公式サイトにも「世界が注目するテツガク喜劇」とありますが、
まったくそのとおり。
いろいろな小道具に、登場人物に、状況に、
さまざまな意味が込められているような…

「善と悪」
「善人と悪人」
「正しい行動、誤った行動」
「すべきこと、してはいけないこと」

これって、見方しだいで簡単に逆転するのでは?

英語字幕で見ている(と思われる)観客たちからも、
多くの笑い声があがる、正真正銘の喜劇映画、なのですが、
ちょっとほろ苦いような、ほんのり温かいような、
不思議な後味でした。
見る価値がありました。

「日本在住の外国人たち」が鍵となっていることもあって、
身につまされる、といいますか、
他人事とは思われない部分もあり。

今回は「質問タイム」なしのバージョンだったのが、ちょっと残念。
制作側の意図を、正面から聞いてみたい気がしました。

2011年4月 3日 (日)

Dragon's Back Trail

まずは、昨日ひねった足の具合について。
安堵しました。一晩たって、痛みはすっかりひきました。

昨日、歩き始めて、ほぼすぐにひねってしまったのですが、
そんなこと言っても仕方ない、と、
何事もなかったかのような顔で20キロ歩き続けてしまったのが悪かったらしい。
(あたりまえですが…)
湿布&安静一晩で、ちゃんと地面を踏みしめて歩けるまでに復活いたしました。

当初の感覚どおり、「ひねり」自体はたいしたことなかったようです。
ほっ!

さて、歩いたコースは、島の突端部、
「大潭(タイタム)郊野公園」から始まる、全長17キロ5時間コース
のはずだったのですが、
なんと、最初に間違えて逆方向に歩きだしてしまったため、
その部分の往復で、おそらく2キロ強。20キロの5.5時間コースとなりました。
(ロスタイム挽回とばかり、異様な速さで先を行く男どもに追いつかんと焦り、
足をひねった私でした…)

・市街地から、地下鉄の終点「柴湾」まで25分
・バスで「大潭(タイタム)郊野公園」まで15分
・ひたすらハイキング、5時間半
  後半の5kmは、 Dragon's Back Trail (Shek O Country Park)  と呼ばれ、
 Time社の「the Best Urban Hike in Asia (22 Nov 2004 Asia Issue)」に選ばれたとか。
  なるほど、納得の整備ぶり、みごとな景観でした。

自宅出発10:00am, 帰宅4:45pm
写真などのアップは、また日を改めて。

2011年4月 2日 (土)

20km 5.5時間

先月、7時間徒歩行軍を経験した私ですが、

本日は、家族3人でハイキング。
20キロメートルを5時間半で歩き通しました。

天気よく、景色よく、風は気持ちよく
海を見ながら尾根を歩く、爽快ハイキングだったのですが…

「ちょっとひねった」、と思っていた左足首が、
帰宅後、……じんじん、じんじん、、、、、じんじん、、、
。。。。いや増す痛み。。。。ショ~ック!

とりあえず、湿布をべったり貼って、
明日になれば、痛みはひいている、はず、べき、べし…
と念じております。

2011年4月 1日 (金)

Artistes 311 Love Beyond Borders

震災のためのチャリティコンサート、
本日、こちらで大々的に行われます。

愛心無国界 311燭光晩会

25日以来、何度となく、テレビでこの合唱を目に、耳にしてきました。
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を原詩として作曲されたそうです。
日本語バージョンもあるとのことですが、
今のところ聞いたのは中国語バージョンのみ。(ネット上のものは抜粋です)

なんだか、泣けてきてしまいます。
国境を越え、たくさんの人々が、アーティストが、
日本のために何かをしよう、力になろう、と奔走くださっているのだな、と。

会場には行けませんが、
テレビなり、ネット中継なりで、私もぜひ見よう、聴こう、と思います。

新年度です

3月11日以来、

不安や無力感に苛まれつつ、

情緒不安定気味にすごしてきましたが、

本日4月1日。

新年度の節目です。

ここ、夫の赴任地でも、

予想外の寒さがやっと和らぎ、

本来の「暖かさ」が感じられるようになりました。

ということで、

今朝は、ねじりはちまきで、水周りの大掃除決行。

前向きな気持ちで、

自分にできることをやっていこう、と思います。

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