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2009年9月11日 (金)

『西洋音楽史 「クラシック」の黄昏』

少し古く、2005年刊行の中公新書です。

『西洋音楽史 「クラシック」の黄昏』 岡田暁生

たいへん読みやすく、「目からウロコ」情報がたくさんありました。
自分が持っていた断片的かつ中途半端な知識に、一本、筋を通してもらったような感覚が残りました。

何のために作曲され、どのように演奏されたのか、
その時代は、どのような性格の音楽が求められていたのか、
それは、どのような社会背景から生じた要請だったのか、
作曲家は、演奏家は、社会の中でどのような位置づけにあったのか、
楽器は、演奏の場は、そして聴衆は、どう変化していったのか、

こういった文脈で、クラシック音楽が捉えなおされ、歴史的に説明されます。
「そんなことも知らなかったのか」と馬鹿にされそうですが、私の印象に残ったことを少し書いておきます。

・バロック音楽の多くは祝典のためのBGM。「いくつもの横の流れが絡み合う」のではなく「和音の柱がいくつも並んでいる」タイプの音楽が主流。

・バッハは、バロック時代の「典型的な作曲家」ではない。同時代的に見ればむしろ孤高の人。

・古典派になってはじめて、旋律が音楽をリードし、低音は目立たない背景になる。(それまでは通奏低音が音楽を支えていた)

・19世紀、音楽の市民化が進むと、作曲家に求められる素質も変容する。「雇い主の求めに応じてどんな音楽も仕立てられる職人」から、「強烈な個性を持った独創的な芸術家」へ。

・演奏会や楽譜を通して、作曲家たちが自らをアピールするようになり、音楽批評が盛んになったのも19世紀から。「先人に負けない、歴史に残る曲を」という発想が生まれる。

・18世紀までの音楽学習とは徒弟制度のもとでの「作曲の勉強」。音楽家は自作の曲を披露するために楽器を学んだ。「演奏家」という考え方は19世紀からで、この時期に「音楽学校」が誕生し、「ピアノ専攻」といった制度ができた。

・王侯貴族のみを聴き手とした時代から、広汎な聴衆層の時代(成金スノッブの出現)へ。ピアノ練習曲集で有名なツェルニーは、
「大勢の玉石混交の聴衆に対しては、音楽性よりもハッタリが大事」といった発言を残している。

・上記のように音楽が市民化していく中で求められたのが、パガニーニ、リストなどによる超絶技巧の音楽であり、大編成オーケストラによる大音量の音楽。

……まだまだ、いろいろありますが、このへんで止めておきます。

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