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PIOの新ブログ

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2009年9月

2009年9月29日 (火)

幸せはシャンソニア劇場から

フランス映画です。

原題は、「Faubourg 36」……郊外36……
パリ郊外の町Faubourgで1936年に復活した劇場名が「Faubourg 36」。
その劇場の、もともとの名前が「シャンソニア」。

硬質な原題のほうが(当然ですが)、映画の輪郭にマッチします。

日本語題だと、なんだかフワフワしたおとぎばなしのようですが、
実は、世界恐慌、労働者の蜂起、ナチスの台頭、といった社会変化を背景として
下町の劇場を愛する劇場関係者の奮闘、同志愛、家族愛が描かれる、
たいへん構成のしっかりした映画でした。

といっても、本質は娯楽映画。
コメディーに満ちた、大衆的、ときに お下劣な、下町の明るいステージ、
「悪役」と「同志」にはっきり色分けされる登場人物、
(中に1名、反転に反転を繰り返す重要人物もいるのですが)
ステレオタイプ的な、若者の恋愛模様。。。

でも、「さあ、泣け!」「さあ、驚け!」といった押し付けがましさがなく、
やっぱり、洗練されているなあ、フランス。。。と思いました。

映画冒頭が「人殺し容疑者の事情聴取」で始まるのですが、
ここからの話の運びのうまいこと!
そして、役者たちの芸達者なこと!歌のうまいこと!

2005年に見た映画「コーラス」(→)の監督、俳優陣による作と知って、納得。
これもまた、お勧めです。

2009年9月25日 (金)

75gから58gへ

定番のMの板チョコ。
1年前、1枚75グラム65グラムに、密かに減量されていたのですが(→

なんと!いまや1枚58グラムです。

これ、体重に置き換えてみると、その凄さがわかります。
体重75キロだった人が、58キロになったと考えてみましょう。もう別人ですよ!

このご時勢、カットされるのは給料だけではないのです。
主婦たるもの、かな~り意識的にチェックしなくては!

2009年9月22日 (火)

古代ローマ帝国の遺産

国立西洋美術館の企画展に行ってきました。

ローマ史なんて、もはや忘却の彼方でして、
アウグストゥス=オクタヴィアヌス(アウグストゥスの幼名)
ということさえ、忘れておりました。。。

BC1世紀~AD1世紀
という時代表示が多かったのですが、その時代にして
彫像、銀器など、見事な芸術品ぶりは圧巻です。

ローマ時代と、ひとくちに言っても、
支配者の系譜、政治制度、都市計画、市民生活、とさまざまな側面があり、
芸術品は、その多様な側面との関連……要請のもとで生み出されてきた
ということが納得できます。

展示の最後には、バーチャル・リアリティの技術を駆使して作成された映像で
ポンペイ遺跡の中のお屋敷が再現されており、これが呼び物の一つのようでした。
もちろん、その美しさや豊かさには心動かされるのですが、
言い古されたこととはいえ、生活空間への自然の取り入れ方、装飾方法など、

「ううむ。日本人の感覚とは、かけはなれている……」

と感じ入ることも多々。
柱の上に人間頭部の彫刻を載せたり、
天井から舞台用の仮面を吊るしたりするのが、「当時流行の装飾」と言われても
私の目には、どうにもおどろおどろしくしか見えず……

バーチャル・リアリティの映像の迫力も印象的ではありましたが、
彫刻の大きさ、その表情、壁画の雰囲気など、
「実物なればこそ」の迫力が堪能できたのが一番の収穫だったように思います。

2009年9月20日 (日)

葡萄ムース

090920moose種あり葡萄が籠に山盛りで500円!
さあ、葡萄ムースの季節です。

去年は10月に作っていました。→ 
今年はレモン汁を加えたので、少し色が薄めかも。

午後、近所のママ友だち3人を招いてお茶会。
久々に盛り上がりました。

2009年9月18日 (金)

教訓@免許更新

★自動車免許の更新にあたっての心得★

証明写真撮影をメインイベントに据え、身だしなみに注意を払うべし。
襟付きの服装が好ましく、
オバサン年代では、顔回りは明るい色にしたほうが無難である。

「有効な時間活用」ばかりに気をとられ、
浮浪者のような証明写真にショックを受けたオバサンの独り言でした。。。

2009年9月17日 (木)

ランチタイム パイプオルガンコンサート

2009年9月17日(木)12:15-13:15 @東京芸術劇場 大ホール

ランチタイム パイプオルガンコンサート vol. 81
  ~芸術の秋スペシャル~

ヴォルフガング・クレーバー(オルガン)

F.メンデルスゾーン ソナタ第1番 ヘ短調 Op.65-1
J.S.バッハ      シュープラー・コラール集
              コラール「目覚めよ、と呼ぶ声あり」BWV645ほか
                          BWV646, 647, 648, 649, 650
M.レーガー     幻想曲とフーガ ニ短調 Op.135b

J. Chr. Rinck   オルガンのためのフルート協奏曲 第3楽章

**********************************

芸術劇場のパイプオルガン、以前にも一度聴いたことはありますが(→)、
パイプオルガンを聴くなら、1階席より、2,3階席、
無料コンサートがお勧め!という話を聞いて、一度是非!と思っていました。
その機会到来!というわけです。

開演5分前に駆けつけたところ、2階席は既に満席。
3階席も7割がた埋まっていました。平日昼間なのにすごい!
(1階席も結構埋まっていたようでした)

無料だというのに、まるまる1時間、すばらしい演奏が堪能できて、
しかも、
「バロックタイプオルガン(第1面)」から「モダンタイプオルガン(第2面)」への変身
(背中合わせに設置されているオルガンが、3分間で回転して入れ替わる)
まで見せていただいて、その2つの音色が聞けるなんて、感激でした。

と言いつつ、楽器の差による音色の違いは、いまひとつわかりませんでした。。。

バロックタイプは、バロック調律法で A=415Hz
モダンタイプは、平均律調律法で A=442Hz
なんて明記してあるのですから、明らかに音は違うのでしょうけれど、
私の耳は、そこで「おお!」と納得するほど良くはなかったのでした。。。無念

演奏者が男性で、細いズボン着用だったため、
「足技」がよーく見えたのも、新鮮でした。。。低音って、しびれますね。

高音部の流麗な流れ(すばらしき指の回転)、
ずんと響く低音部、そしてその間で奏でる中音部、、、奥が深いです。

作曲者の名前をどう読むかもわからないアンコール曲は、
ピアノのソナチネ・アルバムを思い出させるような、可愛らしいメロディーと重厚な和音が交互に出てくる、耳に優しい曲で、また聞いてみたくなりました。

2009年9月15日 (火)

『ダ・ヴィンチ・コード』

言わずと知れた、ちょっと前(3年前ぐらい前?)の話題作です。
当時は図書館での「予約待ち人数」がものすごかった記憶がありますが、
いまや予約人数ゼロ。

音楽史関係の本にダ・ヴィンチ・コードを読めば、時代の雰囲気がわかる」
というような記述があったので、手にとってみたのですが、
これ、謎解き、アクション満載、スリリングな展開の娯楽小説だったのですね。

文庫版の上・中巻までは、まさにハラハラしながら楽しんで読みました。
絵画についての「うんちく」なぞにも、へええ。。。と驚きつつ。
下巻になると、ちょっと食傷気味になってきて、読み手のモティベーションダウン
といった感じ。

実は、フランス印象派の時代について知りたい、と思っていたのですが、
そういう時代背景よりも、
宗教にまつわる「おどろおどろしさ」、人間の思い込みと情念の凄さ、
というような要素が胸に残りました。

2009年9月11日 (金)

『西洋音楽史 「クラシック」の黄昏』

少し古く、2005年刊行の中公新書です。

『西洋音楽史 「クラシック」の黄昏』 岡田暁生

たいへん読みやすく、「目からウロコ」情報がたくさんありました。
自分が持っていた断片的かつ中途半端な知識に、一本、筋を通してもらったような感覚が残りました。

何のために作曲され、どのように演奏されたのか、
その時代は、どのような性格の音楽が求められていたのか、
それは、どのような社会背景から生じた要請だったのか、
作曲家は、演奏家は、社会の中でどのような位置づけにあったのか、
楽器は、演奏の場は、そして聴衆は、どう変化していったのか、

こういった文脈で、クラシック音楽が捉えなおされ、歴史的に説明されます。
「そんなことも知らなかったのか」と馬鹿にされそうですが、私の印象に残ったことを少し書いておきます。

・バロック音楽の多くは祝典のためのBGM。「いくつもの横の流れが絡み合う」のではなく「和音の柱がいくつも並んでいる」タイプの音楽が主流。

・バッハは、バロック時代の「典型的な作曲家」ではない。同時代的に見ればむしろ孤高の人。

・古典派になってはじめて、旋律が音楽をリードし、低音は目立たない背景になる。(それまでは通奏低音が音楽を支えていた)

・19世紀、音楽の市民化が進むと、作曲家に求められる素質も変容する。「雇い主の求めに応じてどんな音楽も仕立てられる職人」から、「強烈な個性を持った独創的な芸術家」へ。

・演奏会や楽譜を通して、作曲家たちが自らをアピールするようになり、音楽批評が盛んになったのも19世紀から。「先人に負けない、歴史に残る曲を」という発想が生まれる。

・18世紀までの音楽学習とは徒弟制度のもとでの「作曲の勉強」。音楽家は自作の曲を披露するために楽器を学んだ。「演奏家」という考え方は19世紀からで、この時期に「音楽学校」が誕生し、「ピアノ専攻」といった制度ができた。

・王侯貴族のみを聴き手とした時代から、広汎な聴衆層の時代(成金スノッブの出現)へ。ピアノ練習曲集で有名なツェルニーは、
「大勢の玉石混交の聴衆に対しては、音楽性よりもハッタリが大事」といった発言を残している。

・上記のように音楽が市民化していく中で求められたのが、パガニーニ、リストなどによる超絶技巧の音楽であり、大編成オーケストラによる大音量の音楽。

……まだまだ、いろいろありますが、このへんで止めておきます。

2009年9月 9日 (水)

『物理学者湯浅年子の肖像』

『物理学者湯浅年子の肖像-Jusqu’au bout最後まで徹底的に-』

090909book_2 第二次大戦期、若手研究者として渡仏し、キュリー婦人の娘・イレーヌとその夫、ジョリオの下で学び、フランス国家理学博士の学位を取得した女性。
戦乱の中、政府の意向で一時帰国するも、戦後改めて渡仏し、原子核の研究に没頭するとともに、日仏共同研究の道筋をつけた女性。

そんな、湯浅年子というひとのことを、私は全く知りませんでした。
大学の同窓会誌の推薦文などからこの本を知り、手にとった次第ですが、その真摯な生き方に、まさに背筋の伸びる思いでした。

彼女は数多くの和歌も詠んでいます。

「41年半ばから取り組んでいたベータ崩壊の観測・分析を着実に進めて、その結果を43年半ばまでに3つの論文にまとめ」た結果が「研究者たちに引用されて研究の進展に寄与」した結果、まさに、苦難の連続の末、
43年12月、学位審査に合格したときに詠んだ歌が、

 恐ろしき虚無みつめ居り吾が仕事なれりといへるこの朝にして

……なんという、沈潜。
「やった~!学位、とれた~!!さすが私!」では、ないのです。

大勢の人々に祝福を受けたあと、一人広い講堂に残ったとき、
「父がいない。母もいない。私はこんなに憂鬱になるとは予期していなかった。不十分な論文を提出したことに対する悔いが大部分を占めている。」(日記より)
というのです。

今の世の中、
「ポジティブ・シンキング!」「自己アピール力!」
といった価値観に満ち満ちていますが、心もベクトルを何が何でも「外向き」にしようとする風潮が正しいのだろうか?
と考えてしまいました。

2009年9月 4日 (金)

曲選び・その後

結局、歌曲の編曲版というのは、どうも曲想が似てしまうので、
2曲のカップリングは難しいという判断に到達しました。
1曲で7分程度の長さがあるものは、「難曲」すぎてアウトです……

再度、ショパンを聴いてみて、マズルカに心惹かれたものの、
「マズルカの心を表現できるのは、ポーランド人のみ」とよく聞きますし、
いろいろ読んだり、検索したりしてみても、なかなか「よ~し、やるぞ!」
という気にさせられる情報は得られず……

などと言っているうちに、そろそろ本業のほうも「待ったなし」状態になってきました。
曲選び、しばらく棚上げにしておこうと思います。

2009年9月 2日 (水)

曲選び2010

世の中は、政権交代の話で持ちきりですね。
今回、国民は、こぞって民主党を選んだということになりましたが、
何事にせよ、「選ぶ」というのは大変です。

話がどこに飛ぶかといいますと
……はい、ピアノでこれから何を弾くか……というところに飛びます。

今年はコンサート終了後、例年になく
「大変だ。曲を選ばなくちゃ!」
というプレッシャーが強いということに気づきまして、
「なぜ??」と考えてみたところ、……納得。

例年は、多少の余裕をもってソロ曲が仕上がっていたので、
コンサート本番を迎える前に、すでに「次の曲」をいろいろ模索していたのでした。
で、コンサートが終了した時点で、ある程度、目星がついていたのでした。
しかし、今年はとてもそんな余裕はなく、全く白紙状態だというわけです。

来年、2010年はショパン生誕200年。
打ち上げの席で
「できれば、ショパンと関連する曲を探してみましょう」という話になったため、
その後、片っ端から聴いてみました。ショパンの曲。。。

ショパン、難しいです。。。はあ。。。
幼いときは、「ショパンを楽譜どおりに弾けた!」だけで満足でしたが、
このトシになって「楽譜どおり」でOKというわけにはいきません。……となると、
なんとか「モノにできる」かな?と思える曲が見つからない!
そもそも、技術的に「楽譜どおり」にはとても弾けない曲が目白押し。

曲の長さの問題もあります。7分程度がベスト!
食指が動く曲が1分とか2分とかだったりするのですが、
そういう曲を次々に何曲も弾くのは、集中力の面からいっても大変です。

ここでメモとして、これまでの逡巡の経緯を記しておきます。

★「スケルツォ1番」を薦められるも、CDを聴いて一発で「無理!」と判断。却下。
★長さと曲想から「バラード3番」を候補とするも、数回CDを聴いた時点で気が乗らなくなる。
★ショパン以外に目を向け、ショパンに献呈したというシューマンの「クライスレリアーナ」に着目。
★一時は、「クライスレリアーナ」第2曲に決めようとするが、丸々1ページの主題が3回繰り返される点にひっかかる(飽きそう……)。実際、CDを聴くうちに飽きてくる。
★他のシューマンの曲を探すうちに、去年集めた楽譜郡に目が留まる。「リスト編曲による歌曲集」……
★去年は「シューベルトの歌曲」のリスト編曲版にハマっていたのでした。
が、シューマンの歌曲も、ショパンの歌曲も、ちゃんと楽譜にあるではありませんか!

以上のような経緯を経まして、今のところ、
リストが歌曲からピアノ曲へパラフレーズしたものの中から、
原曲がシューマンのもの、ショパンのものに当たってみようとしております。
問題は、「技術的に可能な曲が見つかるか??」ということです。

さて、どうなりますか……

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