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2008年3月18日 (火)

『学歴社会の法則』

080318gakureki_2 荒井一博 
『学歴社会の法則 教育を経済学から見直す』

学歴にまつわる現象、
教育現場で起きていること、…
多岐にわたるトピックについての論考で、
論理的に納得させられる内容でした。
「知らなかったことに、新たに気づいて」というより
「直感的に認識していたことを、
理路整然と説明しなおしてもらって」の納得。

研究者の名前や理論名も明記する、正統派路線。

☆高学歴者はなぜ高収入を得る?

理論1「人的資本論」:高い教育は人的な生産能力を上げるから
理論2「シグナリング理論」:学歴は「見えない能力」を示すシグナルだから

1の理論なら、実施されている教育内容が重大ですが、
2の理論では、教育内容よりも選抜が重要となります。
1をおろそかにし、2を重視すれば、社会全体に不利益が…

例えば、入試での偏った出題、難問奇問、に対処するため
高校での履修漏れ問題、塾通いが起き、
「バランスのとれた優秀な人材」が報われないことに。

また、教育は、それを受ける個人が受益者となるのみならず、
コミュニケーション力、指導力、規律性などを生み出し、
社会全体の便益となるものなのに、
この点が、見逃されがちに。

その他、親の学歴が子どもに及ばす影響は、
社会の成熟度によって変化する、との研究結果なども。

最後に、筆者自身の「教育改革」提案がなされます。
ざっと斜め読みしただけですが、

・数学の良問は学問の基礎。大学入試必須にせよ。
・英語教育を論じるなら、
  まず国の責任で良質の辞書を完成させよ。
  英語学習歴と能力を調査し、客観的に分析せよ。

といった主張に共感を覚えます。

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コメント

教育改革は入試改革から・・・というのがアタシの持論なのですが(本末転倒ではありながら、入試の傾向に呼応追随するような教育が、今や教育産業(塾)のみならず、公教育でもなされている現実・・・・というか、教育の理想に基づいた実践をしても、それが受験に直結しないと子どもも親も見向きもしなくなり、疎かにするという実態・・・)
今年度娘が受けた公立の高校入試の問題は、最近随分”学力”問題で取り沙汰されている、”基本事項を伝えるチカラ”を問われる良問で、記述式の多いそういう問題になれていない子達はうちの娘も含め、かなり苦戦を強いられたようですが、これで、学校教育の充填ポイントも変わり、良い意味での教育改革がなされていくのではないか???と思いました

学歴社会の問題点の最大のものは
『学校』が、最終目的、になっていること、だと思います
学校は、自分がより良く生きる道(社会人として、自分はどんな職業で、いかに社会に貢献していくのか)を模索するための”通過地点”
それ以上でもそれ以下でもない
けれど、その”通過点”を自分の中でどういうものに位置づけるかは、そこで過ごす3年なり4年なりの生き方に懸かっている、のですよね
そんな当たり前のことが、見落とされ、学校のランク付けばかりに翻弄される風潮が気になります

華音さん

>今年度娘が受けた公立の高校入試の問題は、最近随分”学力”問題で取り沙汰されている、”基本事項を伝えるチカラ”を問われる良問

それは喜ばしいですねえ。
いっぽう東京では、都立上位校が「独自入試」を実施するため、
そこを目指すには公立中の授業だけでは太刀打ちできないとの噂で、
「○○高校対策」と銘打った塾に通うのが当然とか。
「入試改革」と「塾の対策」のいたちごっこ…ですね。

>”通過点”を自分の中でどういうものに位置づけるかは、そこで過ごす3年なり4年なりの生き方に懸かっている

まさに、学校は目的ではなく”通過点”ですよね。
私にとって、高校までの学校にはあまりいい思い出がないのですが、「反面教師」となる経験はたくさんできたかな、という気がします。
そこを卒業してからの生き方で、自分の受けた教育を位置づけ直していく、という側面もあるかもしれません。


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