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2008年2月

2008年2月28日 (木)

牡蠣・牡蠣・牡蠣

080228oyster能登直送の生牡蠣(なまがき)!
職場の同僚の先生から
思いがけずも
分けていただきました。

今日は仕事上の外食となった
気の毒な夫を差し置いて、
息子と二人で食べてしまいました。
各々8つ!

さてさて、
生まれて初めての、牡蠣の殻剥き。
丁寧な説明リーフレットつきだったので、指示に従いまして…
3分ほど火を通して、開きかけたところを工具でグイっと。

第一弾:酒蒸し
第二弾:オーブン焼き
第三弾:酒蒸し再び

上の写真は、第一弾の酒蒸し&生牡蠣です。
濃厚な美味しさを堪能いたしました!

2008年2月27日 (水)

2007年度終了へ

本日、追試&成績相談という、本年度最後のスケジュールを終えました。
仕事のほうでは、
いよいよ名実ともに、来年度へ向けての準備へと移ります。

PTAでは、卒業&謝恩会の準備が本格的になってきました。

やるべきことは、ほんとにいっぱいあるのですが、
なぜか今日は、どどっと疲労感に襲われております。。。

2008年2月26日 (火)

母斑あざ外来

こういう名前の科があること自体、知りませんでした。
「母斑あざ外来」。
近所のかかりつけのお医者様からの紹介状を持って
本日、初めて足を運んだ大病院、
皮膚科の中の形成外科で、週に一回設定されていました。

母斑、つまりホクロですね。
息子の顔のものが、近年急に大きくなってきたので、
悪いものだと嫌だし、取ったほうがよいものならば、
中学に入学する前のこの時期に、
と受診してみました。

どんな検査をするのかなあ、切る場合はどんな日程かなあ
と思っていたら、診察室に入るなり即
「あ、これね。すぐ取れるよ。今日、取っていく?」
という話に…

検査といっても、結局は取ったものの組織検査になるそうで、
取る気があるなら、それは取ったほうがいいでしょう
とのこと。

「男の子はねえ、情けないんだなあ…これが。
女の子は強いんだけどねえ。君は大丈夫かな?
痛いのは、最初の注射、麻酔注射だけ。どう?やってみる?」

傷跡に絆創膏を貼るのは、今日明日の二日程度で、
あさって以降は、そのままで体育も水泳もOK。
1ヶ月もすれば傷跡はだいぶ目立たなくなって、
4ヶ月程度できれいになる。

「どう?今日すっきりしちゃえば?」(先生)
「今日切っちゃえば、卒業式にはきれいになってるよ!」(母)

ええっ?今日?今?と、逡巡していた息子も、ついに
「はい。今日、取ります!」

……ほんとに、15分程度で、麻酔・切開・縫合・すべて終了…

今日のところは、傷跡生々しく、絆創膏にも血がにじんでいます。
来週には抜糸とのこと。
でも本人は、思ったほど痛がってもおりません。
あまりの早い展開には私も驚きましたが、
説明のとおり、傷跡が順調にきれいになってくれますように。

2008年2月25日 (月)

キャンセル手続き

本日、2月1日に押さえた8月会場をキャンセルしてきました。
手続きはスムーズに進み、払い込み額は全額返却されました。
利用許可書と印鑑を持参するだけで、
手続きにかかった時間は5分程度。

2月1日の抽選日……もう、はるか昔の印象です。
あのドキドキ感、
抽選会場への入りから出までの2時間(→)と比べ、
キャンセルは何とも簡単で、ほっといたしました。

2008年2月24日 (日)

お祝い会@いとこ宅

080224birthdaycake今日は夫の妹家族のお宅へお招きいただきました。

毎年、息子の3歳下の従弟の誕生日に
お招きいただいているのですが、
今年は息子の受験があったため、ほぼ3週間遅れで
★従弟の誕生日&息子の中学進学★
のダブルお祝い会。

080224brow_2
温かい日差しの降り注ぐ一戸建てのリビングで、
美味しいご馳走をたくさんいただきました。
感謝、感謝です。(お料理の写真を取り忘れて残念!)

ともに一人っ子の従兄弟・二人。
大事な、大事な身内です。
宴会の〆に、二人そろって仲良くろうそくの火を吹き消しました。

2008年2月23日 (土)

会場決定!

朗報です。
彩音会の今年の20周年記念コンサート会場が決まりました!

ミューザ川崎 市民交流室 です。

実は、ここは以前から目をつけていた会場です。
が、数ヶ月前、中間発表用の会場を探していたとき
この会場だけ、全く空きがなかったので、
「当選確率が低すぎるだろう…」
と見込んで、コンサート本会場としてあきらめていたのでした。

今日は、彩音会の3人でここの練習室を予約していたので、
ダメもとで、8月の空き状況を聞いてみたところ…
なんと!
希望日の夜の部だけ、奇跡的に空いていたのでした!

「夜の部だけ」という点では、既に押さえてある大田区会場と同じなのですが、

・川崎会場のほうが、30分早い時間から借りられる
・リハーサル用に、練習室(グランドピアノ)が複数借りられる
・新しくて美しく、二重扉の音響抜群のホールである
・ピアノは憧れのスタインウェイ!

ということで、説明を聞けば聞くほど、魅力が増して感じられ…
ちょうど本番中だった「子どものピアノ発表会」に、3人そろって潜入。
ピアノの音色を確認したうえで、幹事のOさんにも電話連絡をとって、

「ここに決めましょう!」

ふう。
練習室で3時間半もピアノに向かったうえで、
いろいろな説明を聞き、相談し、会場を行き来し、
予約手続きを終えた時点で、
はっきり言って、わたくし、フラフラでありました……

しかし!
リハーサルのために、ソロ用、連弾用、とピアノを2台も確保するとは
彩音会20年目にして初の快挙です。

さあ、あとは練習あるのみです!

2008年2月22日 (金)

会場を探して…

今年の8月に予定している
彩音会コンサート会場をめぐっての動きをメモしておきます。
主に、今年幹事のOさんと私とで、動いています。 

2月1日 大田区会場抽選(第二希望会場の夜間の部だけ当選)
2月6日 目黒区会場抽選(落選)
2月9日 世田谷区のサロン会場の情報を得て問い合わせるも、
     8月は改装中とのことで断念
2月15日 とりあえず大田区会場費を払い込んで押さえる
      同日昼の部キャンセルの期待は、あえなく撃沈…
2月17日 表参道のサロン会場に問い合わせるも、既に予約済み
2月20日 大田区第一希望会場のキャンセル状況を問い合わせるも、撃沈…
2月21日 渋谷区のサロン会場が希望日に空いていると判明

来週以降、数グループに分かれて渋谷区会場候補の下見をする予定です。

今年は「彩音会20周年!」ということで、会場をめぐって精力的に動いています。
大田区会場に決めるかどうかのデッドラインですが、
別途リハーサル会場を押さえる都合上、4月半ばとなります。
(なお、この時期なら、キャンセル料は発生しません)

どこに決めるか、ここ数週間が勝負となりそうです。

2008年2月21日 (木)

おしゃべり会

今日は仕事がお休み。
病気休暇でないお休みって、久しぶりです。

ノロウイルスだ、なんだと言って、のびのびになっていた
友人たちの集い、やっと我が家で開催できました。
彩音会、今年の幹事のOさん、
そして、ご近所友達で、以前彩音会の司会でもお手伝いいただいたTさん。

080221sweets 春らしい色合いの美しい和菓子にお団子
そして、イチゴのロールケーキ、生チョコを
お二人にご持参いただいて、
私のほうは実に簡単なランチを準備。
・ポトフ
・五色の混ぜ御飯
・お漬物

おしゃべりに夢中で、写真は撮り忘れました。
右は、後に撮ったleft overです。
いっぱいしゃべって、いっぱい笑って、楽しい昼下がりでした♪

2008年2月20日 (水)

花粉症??

息子は、すっかり、すっぱり、回復いたしました。
…ノロウイルス、
私がずるずると1週間近くひきずったのとは、えらい違いです。
小学校で猛威を振るったらしく、
欠席者は、息子のクラス39人中、昨日、一昨日と10名。
450人程度の学校全体で90名ほどにのぼったとか。
でも、この流行も落ち着きつつあるようで、よかった、よかった。。。

さて、息子の通院付き添いついでに、私も
「ちょっと鼻がずるずるして…風邪ひいたみたいなんですう」
と診察を受けてみたところ…

「花粉症ですね。」

はっ?
あの、そんなこと、生まれて初めて言われたのですが。

「今年は花粉、多いみたいだからね。ま、気をつけて。」

うう。
そう言われてみると、確かに目もかゆい気がするし、
なんだか頭はボワーっとしているし。。。

とりあえず、出された薬を飲んではいるものの
まだ半信半疑。
花粉症の薬って、異様に眠くなるものでしょうか?
とにかく眠いのは、薬のせいなのか、花粉症か風邪のせいなのか…

しばらく様子を見ることにします。

2008年2月19日 (火)

さつまいもとりんごのケーキ

080219cake_ringo今日は息子の体調不良につき、
お仕事を休みました。
昨晩は
「これは大変だ~!!」
といった状況だったのですが、
さすが若人。
一晩寝て、だいぶ回復。

お腹の具合がよくないのに
「おなかすいた!」を連発し、
お粥にウンザリしているようなので、
それならケーキでも作ってやるかい、と出来たのが写真のもの。

これも料理本(『予約のとれない料理教室 入門編』)
によるレシピです。
前回のチョコレートケーキが、簡単かつ美味しかったので。。。

今回のポイントは、
・りんごとさつまいもは、薄切りにしてバターで炒めておく
・アーモンドプードルを加えると、サックリ感が出る
といったところでしょうか。

分量は
・さつまいも、りんごは、それぞれ80g程度…どちらかだけでも美味しそう
・バター100、砂糖75、はちみつ10g…はちみつの香り、結構わかります
・卵1個………………………………室温の溶き卵を数回に分けて入れる
・アーモンドプードル40g
・小麦粉110、ベーキングパウダー少々

一日置いてから食べるように、との指示でしたが、
焼きたての温かいのを食べてしまいました。
それでも美味しかったです。
明日、どのように味が変化しているか、ちょっと楽しみ…

2008年2月18日 (月)

「熱狂の日」プログラム

「熱狂の日」音楽祭2008、
ついにプログラムがアップされました。(→

テーマが「シューベルトとウィーン」ということで、
ここ半年ほどシューベルトの曲にハマっている私としては、
まさにワクワク。

早速、私が取り組んでいる曲目を探してみて、唖然!
例えば、シューベルト:3つのピアノ曲D946
「知る人ぞ知る隠れた名曲」な~んて思って、取り組んでいたのに…

・122 小菅優 (5/2 15:30 HallB7)
・163 佐藤卓史 (5/2 16:45 G409)
・262 アンドレイ・コロベイニコフ (5/3 11:30 G409)
・224 デジュー・ラーンキ (5/3 15:30 HallB7)
・266 北村朋幹 (5/3 18:30 G409)
・365 シャニ・ディリュカ (5/4 16:45 G409)
・454 デジュー・ラーンキ (5/5 15:00 HallD7)

これは……人気度第一位、と言ってもよいぐらいでは?
この曲に以前から着目していた私って、目が高い??

シューベルト:ピアノソナタ第13番 イ長調 D664
・173 シャニ・ディリュカ (5/2 22:00 相田みつを美術館)
・351 仲道郁代 (5/4 10:00 HallD7)
・361 児玉麻里 (5/4 9:45 G409)
・365 シャニ・ディリュカ (5/4 16:45 G409)
・451 仲道郁代 (5/4 9:45 HallD7)
・562 仲道郁代 (5/5 11:30 G409)
・467 児玉桃 (5/5 20:45 G409)

ああ、いったい、誰を、どの会場を、いつを、選べばよいのか!
これ以外にも、去年感動したあの人、あの方、の演奏も聴きたいし…
ピアノ連弾も、他の楽器も、
シューベルトといえば、やっぱり歌曲も!

しばらく頭を悩ませそうです…

2008年2月17日 (日)

早春の室内楽コンサート

080217art_gallary_2 郊外の小さな美術館での室内楽コンサートに
足を運びました。
フルート、ヴァイオリン、チェロ、チェンバロ。
今までにも何度か聴かせていただいているアンサンブル
Bouquet des Tons(→)のコンサートです。

プログラム

G.Ph.テレマン  トリオソナタ へ長調
J.S.バッハ    ソナタ ニ長調 BWV1028 
              (Fl, Vn, Cembalo)
A..ヴィヴァルディ 合奏協奏曲「四季」より春

J.S.バッハ  フランス組曲第1番 ニ短調 BWV812より(Cembalo)
G.Ph.テレマン  パリ四重奏曲より ソナタ第2番 ト短調
M.ラヴェル  亡き王女のためのパヴァーヌ
(高橋喜治 編曲)
草川 信 (高橋喜治 編曲) どこかで春が (Fl, Vn)
高橋喜治           花の子ども  (Fl, Vn, Cembalo)
岡野貞一 
(高橋喜治 編曲) 春の小川 (Fl, Vn, Cembalo)
アンコール   春が来た

キラキラと春の陽光が差し込む美術館内で、
ほんとに至近距離で聴かせていただいた、春めいた曲の数々。
音響も大変によく、
4つの楽器の音色、音の伸び、その重なり、個々の音のきらめき等等
心ゆくまで堪能し、ぜいたくな時間を過ごしました。

(下画像は、左から、開演前チェンバロ調律中・プログラム終了後)

080217room 080217after1_2

2008年2月15日 (金)

昭和の物価~タウン情報より~

タウン情報誌・URBAN(アーバン)2月号・東京南版に、
「プレイバック1988 あの頃みんな若かった?!」
という特集記事を見つけました。

1988年・昭和63年、世はまさにバブル全盛の時代でした。
交通の要所
(青函トンネル、瀬戸大橋:PIO注)が完成し、
秋にはソウルオリンピックが開催。
水泳・平泳ぎの鈴木大地選手の金メダルとバサロ泳法は、
かなり印象的でしたね。


というリード文に続けて、
「比べてみよう!1988年と2008年 上がった、上がった、下がった?」
《物価の変動にみる2008年》
という記事があります。

「昭和の物価」というキーワードでこのブログを訪れる方々が多いようなので、
上記から引用してみます。

★東京都の1991年と2007年の平均物価データを元に
・標準米(10㎏) 3,699円→3,826円
・牛ロース肉(100g) 690円→896円
・豚ロース肉(100g) 215円→245円
・鶏モモ肉(100g) 109円→126円

★東京都の1988年と2006年のデータを元に
・地価(住宅地の1平米当たり)
   891,400円→ 311,800円

「昭和」といっても長いですからねえ。
昭和末期となると、
日用品の値段は、今と比べても大きな変化はないようですね。
一方、地価のデータには改めてビックリです。
20年前の35%!
最近は値上がりしているようですが、20年前と比べれば、なんの!
ってところですね。

他に取り上げられているのは、パソコン普及率で、
1988年は9.7%だったものが、2007年には71.0%に。

また、1988年ごろに生まれた言葉として、
「ワンレン・ボディコン」「DCブランド」「しょうゆ顔・ソース顔」
「朝シャン」が挙げられています。

そうかあ。あれから20年なんですね。寄る年波、実感!

2008年2月14日 (木)

学食初体験

勤め始めて、もう10年近く経つ勤務校ですが、
実は、これまで「学食」で食べたことがありませんでした。
学期中は、あまりにもすごい長蛇の列。
ここで食べようなどという選択肢自体、ありえない状況です。

学期末試験も終わった今なら、すいているのでは?
と、今日、初めて専任の先生と一緒に行ってみました。

入り口は、おお!見事なサンプル群!
結構種類が多いのですね。和食、洋食、エスニック食、
よりどりみどりです。
いわゆるカフェテリア形式。
トレーを取って並び、副菜類は戸棚から取って、
主菜、御飯類は、カウンターにて注文。
注文の品を受け取ったら、箸・フォーク類をそろえてレジへ。

この一連の流れ、私は飲み込みが悪くて、あたふた。
ああ、ATMの前でオロオロする老人の気分がわかりますわ。
よかった、アドバイザー役の先生とご一緒で!

二人が食べたのは、キムチ雑炊と坦々麺。
「なんか、同じように赤い汁物を注文したもんだねえ。」
寒い、というのと
成績つけのストレスから、刺激を求めていたのかも。
副菜、デザートをつけても500円程度、というのはさすが学食!
お味も結構なものでした。

帰宅してから、昨日のチョコレートケーキを賞味。
すっごく濃厚で甘いに違いない、と思っていたのですが、
それほどでもなく、厚切りでもペロリといけてしまいそう。
市販の濃厚ケーキのカロリーの高さを思い知りました!080214cake2080214cake1_2

 

2008年2月13日 (水)

チョコレートケーキ

080213choko_cake 明日はバレンタイン。
夫&息子のために、作ってみました。
チョコレートケーキ。
初チャレンジのケーキです。

料理本(『予約のとれない料理教室 入門編』)
を見て作ったので、著作権上、
レシピ公開は遠慮して、ポイントだけ。

・チョコレートとバターは、120gずつ入っています。
・小麦粉は40g、ココア20g、インスタントコーヒー微量。
・ボコボコと見えるのは、胡桃が入っているからです。

ってことで、大変にリッチなお味と思われます。
本の説明を見て、な~るほど、と思ったのは、
バターと砂糖を混ぜたところに卵を入れる際、
「卵は溶き卵にしてから、少しずつ5~6回に分けて、
卵とバターがよく混ざったことを確認してから入れていくこと」
とあったこと。
確かに、過去に生地が分離してしまったのは、一気に卵を入れた時だったかも。
勉強になりました。

「チョコレートを湯煎して溶かして使う」のって、
とっても面倒そうで、今まで敬遠していたのですが、
やってみたらば、どうってことはない、簡単でございました。

実は、バレンタインのために手作りしたのって、今回が初めて!
若い頃は、こういう風潮を小馬鹿にしていましたし、(嫌な女よね~)
最近は、どうもこの時期になると、私か息子かのどちらかが
ググっと体調を崩していて、それどころではなく…

元気に明るくバレンタインを迎えられた、記念Yearということですね、
今年は。

2008年2月12日 (火)

『フラミンゴの家』

080211framingo この1月に刊行されたばかりの1冊、
図書館の「新しく入った本」コーナーでゲットしました。

『フラミンゴの家』by 伊藤たかみ

核となる登場人物は、
田舎でパチンコ&スナックを経営する一家の長男、正人。
そして、正人の娘で小学6年の晶。
実は、正人、
離婚後、都会から実家に舞い戻ってきた経歴の持ち主。
晶の母(正人の元妻)がガンの手術、という緊急事態で
長らく会わなかった娘を夏休みの間、預かることになり…

この間のドタバタ、人間模様、心の葛藤が、描かれます。
共感できる要素が、てんこ盛りです。
「読ませる」力のある、熱気をはらんだ小説でした。

・田舎の描写:
元ヤンキー的なファッション、駐車場わきの精米機、さびれたファミレス…

・商店街の熱っぽさ:
小学校時代からお互いを知り尽くした、幼馴染の店主同士のケンカあり、
夏祭りの準備から当日までの、熱っぽい盛り上がり、子どもじみた興奮あり、
さびれていく商店街でも、めげない水商売仲間のパワーあり…

・下町の人情:
正人の恋人、元ヤンキー・あや子と晶の「ともだちみたい」なあったかい関係、
現ヤンキーの高校生や、店の使用人に向けられる親身なまなざし、
そして、正人の周囲の人々に共通する、不器用で真っ直ぐな人情。

・商売人のしたたかさ
ヤクザとの駆け引き、賄賂、意地、弁護士や政治家とのつながり…
同じ町に生まれ、もまれ、あがきながら、その町にガッチリ根を張り、
二世代、三世代と人間関係をつないで、勝負に出て生き抜く庶民群像。

そして、死。
晶の母が死を迎えるラストに向かって、心に残る描写が続きます。

作者の伊藤たかみ、
どこかで聞いた名前だな~、と思ったら、
角田光代の夫で、昨年の芥川賞受賞作家だったのですね。
この本、児童文学の香りもして、少女晶の成長物語と読むこともできます。

2008年2月11日 (月)

ノロウイルス

実は、ここ5日間ほど、ノロウイルスに取り付かれておりました。

火曜:食欲なし。夜に微熱。
水曜:朝は平熱。甘く見て会場抽選に出かける。夜に悪化。
木曜:微熱。吐き気。医者で点滴を受ける。お粥のみ。
金曜:同上
土曜:平熱に戻る。お粥のみ。
日曜:平熱。普通食に。

近所の医者では、何人もが点滴を受けていました。
このあたりでは、秋からずっと流行っていたそうで、
「今まで生き残っているウイルスは、耐性をつけていて強いよ」
と脅されたのですが、ほんとに。
高熱が出る、とか、猛烈に吐く、とかの激烈な症状は出ない代わりに
ジワジワと、結構長引きました。。。

でも、もう大丈夫です。
「おなかすいた」の感覚も戻りましたし。

このところ、長々とした記事を連続アップしていましたが、
実は、細切れ時間に「下書き保存」を繰り返しながら書いたものでした。
「病人のたわごと」と、どうぞ読み捨ててくださいませ。

2008年2月10日 (日)

中学受験レビュ-(5)親の関与

前回は、「受験校を決める」が親の仕事!
と書いたのですが、これは「中学」受験ならでは、ですね。
高校や大学では、どうしたって「受験生本人」が決めて、親の了解を得るのでしょうから。

そんな意味もあって、中学受験は「親子二人三脚」での受験、ともよく言われます。
今回は、親の仕事、とは言わないまでも、
我が家では必要に迫られて親が関与した部分について書きます。

1)教材の管理

ウチが通わせた塾は、いわゆる教科書を使いません。
すべてがプリント教材です。
「一冊のテキストを何度もやり直す」のではなく、
プリントを次から次へと与えていく、
プリントの中に、一つの学習項目が形を変えて次々と出てくる
という方式です。

実は、この方式にはかなり戸惑いました。
私自身の経験…田舎の中学生、高校生時代の受験勉強は
「一つのテキストを何度もやり直し、完璧にマスターする」
という方式でしたので。

でも、小学生には「一つのテキストをやり直す」のは馴染まないのだろう
と割り切りました。
そして、ひたすら、山のようなプリント教材のファイリングに努めました。
当初は子ども本人にファイルさせることも目論見たのですが
……無理でした!

昨日、その山のようなファイル(B5版の最も安い紙ファイル)を
バッサリ処分したのですが、
(これは子どもと一緒にやりました。、もちろん!)
数えてみてビックリ!

6年生になってから作ったファイル…全65冊!
苦手教科のみ残しておいた過年度ファイルあわせて、全83冊!

例えば、ですね。算数をとりあげてみますと、

・平日授業プリント(B4版ホチキス留めを二つ折でファイル)3冊
・平日授業の小テスト
・平日授業で配布されるB5版小冊子(家庭学習用)は、分野別にファイリング
(ex.数の性質、場合の数と規則性、図形、速さとグラフ、……全8冊)
・土曜日演習問題2冊
・日曜日・志望校別演習問題
・日曜日・志望校特化プリント(これは繰り返しテストされるので)
・日曜日・単科クラス(弱点教科として選択)

この1教科で17冊。(ファイルからはずして保管したプリントもあり)
ファイリング分類基準(私が勝手に決めました)は教科ごとに違いますが、
他に国語、理科、社会と3教科あって、
さらに、模試のファイルやら、過去問のファイルやら、というわけです。
(因みに、算数=青、社会=黄、のようにファイル色を決めるのがミソ)

母「こんなに、よく勉強したねえ。」
息子「こんなに、よくファイルしたねえ。」

2)塾から言い渡された「家庭の責任」部分のスケジュール管理

夏休み中に、『有名中学入試問題集』(昨年度の入試問題集)の中から、
それぞれの志望校にあわせた傾向の問題をピックアップして取り組むように
といわれました。
そのために次のようなプリントも配布されました。

★問題傾向を、A:知識重視、B:記述重視、AB:混合タイプ、の3つに分け、
 4教科それぞれについて、各学校の特徴を記したプリント、
★「必修」箇所を示す(算数)、分野別の問題番号を示す(理科)プリント

我が家の場合、ちょうど夏休み前に「クラス落ち」を経験したこともあり、
親子で「エイエイオー」の気概を持った時期でした。
★のプリントを参照して、ウチで取り組むべき問題を教科ごとにピックアップ。
エクセルシートを駆使して、夏休みのスケジュールを作り、
週ごとにプリントアウトして壁に貼りました。
「ホントの入試問題だと思うと、やる気が出る!」とは当時の息子の弁。

結果、秋には元のクラスレベルに復帰したのですが、
振り返ってみれば、これが我が家のピークでありました。
夏休み後、やはりエクセルを駆使して「過去問」スケジュールも組んだものの、
夏休みとは異なり、仕事が詰まっている母は、以前ほど構ってやれず、
息子も妙に気が抜けてしまい……

【振り返って】

1)の教材管理には、次のような効果がありました。

・学習カリキュラムがざっとわかり、親の精神衛生上よかった
・小テストの点数もチェックすることになり、子どもの状態も把握できた
・子どもは自発的に、授業前チェックにファイルを活用していた
(その日の授業で扱われる分野のファイルを見直してから、出かけていた)

2)のスケジュール管理は、
……「親子二人三脚」のいい思い出です!

さて、明日は、中学校の入学予定者召集日。
ちょうどよいころあい、ということで、
延々書いてまいりました「中学受験レビュー」、
これにて〆させていただきます。catface


*****************

こんなことを書いていたのが笑止千万!8年半後の追記です。

こうして何の気概もなく私立中高一貫校に入学した息子は、
そのまま6年間、勉強に一切興味を覚えず
学校では授業中に寝まくり、
赤点をギリギリ3科目に抑えることのみに気を配り、
なんとか学年ビリで卒業

奇跡的に現役で一校合格した私大に進みましたが、
「単位、単位って、かったるい。うざい。」
とほざき、
大学に行ったフリだけするというエア通学に。

入学後の半期で7単位取得したのみで、
続く2年間はゼロ単位。
このまま大学中途退学の予定です。
本人、中学入学以来、8年以上、

ただただネットゲームに没頭し、るんるんと生きています。

自覚のない中学受験は、
「高校受験という、覚醒のきっかけを奪う」
という愚の骨頂の選択でした。

(2016年6月)

2008年2月 9日 (土)

中学受験レビュ-(4)親の仕事

中学受験に関しての、親の仕事。
これは、極言すれば、一つだけです。

受験校の選択

志望校、憧れ校は、塾の誘導などで(無意識にでも)なんとなく見えてきます。
わざわざ模試を何度も受けるのは、そのためです。
でも、今になって、わかります。

・模試の「合格可能性」は、甘く出ています!

それは、そうでしょう。考えてみれば。
模試を主催する側は、実績を上げるために「可能性がある層には受けてほしい」
わけですし、
中学校側も、「レベルを保つにも、受験料を得るにも、受験生はたくさんほしい」
のですから。
「甘めの数字で、多めの受験生をその気にさせる」ことは、両者にプラス。

でも、受験生にとっても、それで勉強へのモティベーションが高まるならOKです。
しかし、往々にして、親のほうも、
「この志望校で行けるのでは?」という錯覚に陥りがちなもの。

かく言う我が家も、ご多分に漏れず、でありました。
進学を決めた学校は、12月になってから受験校候補として浮上。
(塾側のアドバイスも仰ぎました)
最後の学校説明会にぎりぎり間に合って、出むいた学校です。
子ども本人は、入試当日に初めてその学校を訪れました。

子どもには、
「親を信じなさい。ここは、あなたに向いています。」
と説明しました。(もちろん、本当にそう思ったから受験させました)
塾から提供されたいろいろなデータのうち、子どもの関心を惹きそうな
ものだけを集めて提示し、その気にさせました。

第一志望、第二志望は、夏に決めた通りで変更しませんでした。
チャレンジ校は、塾側の誘導に見事にのっかった選択でしたので、
「塾の誘導に乗らず、もう少し見込みのある学校にすれば…」
と思った時期もありましたが、
子どものモティベーション、塾とのコミュニケーション(窓口となる先生は、第一志望校対策クラス担当の先生)を考えて、そのままとしました。

この一連の動きが、
我が家の受験において、親が果たしたコアの部分だったと思います。
親が子どもの実力を見抜くのが遅れ、
親も子どもも、特に思い入れのある学校を持たなかったため、
迷走してしまったような部分もありました。
けれども、決して
「もっと早くに……していれば…」
「もっと関わって、子どもをその気にさせていれば…」
といった後悔の念に駆られているわけでもありません。
中学受験を全く知らなかった我が家には、これが限界だったかなあ、
と思うだけです。

ただ、これだけは、言えます。

・小学生が、自己責任で受験校を決めることはできない
・受験校について責任を持つのは、あくまでも親

2008年2月 8日 (金)

中学受験レビュ-(3)塾・総括

入試結果が出た今、周囲を見渡して思うことは
できる子は、どんな塾に行っても、できる、伸びる、ということです。
「この塾へ入れたからこそ」合格できた、ということはないように思います。

ただ、受験勉強をスムーズに進めるためのポイントとして、

1.子どもが、楽しんでその塾に通える
2.親が、その塾に「余計なストレス」を感じない

という2点があるだけだと思うのです。
2.の「余計なストレス」というのは、「その塾ゆえ」生じるストレスを指します。
例えば、「塾の中の人間関係」とか、「塾から指示されたノルマ」など。
それが家庭に合わなければ、親がストレスを感じるならば、転塾を考えたほうがいいかもしれません。
カリキュラム自体が合わない場合は、そもそも子ども自身が行きたがらなくなるでしょう。

それに対して、子どもの成績が思ったように伸びない、というのは、塾のせいというより、子ども自身の資質とかモティベーションゆえのことが多いですし、
「どの学校を受験させようか」というストレスは、ごく一部の家庭を除いて、必然的に生じるものです。
「成績が伸びないから塾が悪い」「志望校が決まらないから塾が悪い」という考え方は間違っていると思います。

上記のような意味で、「SかNか」とか、「大手か個別か」といった題目で、一般論を戦わせることに意味はないと考えます。
その家庭に合うのはどれか、という論議があるだけではないでしょうか。

家庭と塾、という話題になりましたが、
次回は、「家庭(親)が分担したこと」の我が家の場合を振り返ってみたいと思います。

中学受験レビュー(2)塾の選択

第一志望校からも、第二志望校からも合格をもらえず、
いわゆる”持ち偏差値”よりかなり下のレベルの学校への進学
という結果になりましたが、実のところ、これで塾を責めようとは思いません。

これが「ご縁」なんだろうな~、というのが正直なところ。
すべての模試が終わったのは12月初旬。
それ以降、息子の成績を追い抜いていった同輩がたくさんいたんだろうな~、
それは、本人も親も、薄々感じていたような…

中学受験を全く知らなかったため、
塾へ行かさずに家庭で対応するという選択肢は、初めから考えませんでした。
不本意な結果となっても、大手塾Sでよかったと思う理由を列挙します。

a. カリキュラムがしっかりしている
b. 「ここからは塾でなく家庭の責任」という線引きが明確
c. お弁当が必要なのは、6年生9月以降の日曜日、14回だけ
d. 理性的な教科指導に徹し、「根性」を押し付ける傾向がない
e. 教師との相性を気にしなくてよい(一人の生徒に数多くの担当教師)
f. 小学校での人間関係を完全に切り離して臨める

a.については詳しくは述べません。
b.は、特に6年になってから
『有名中学入試問題集』(昨年度の入試問題集。俗に言う「電話帳」)、
志望校の過去問、の扱いが家庭の責任とされました。これについては別稿で。
c.は、働く母にとっては、とってもありがたいことでした。
d.は、家庭によって考えが違うと思います。我が家の方針には合っていました。
e.は、「個別指導塾」ではなく、「大手塾」を選んだ理由です。
f.は、塾内の序列を学校に持ち込んでほしくなかったこと、
母親同士のつきあい、腹の探りあい、といった煩わしさを避けたかったこと、
があります。(片道30分のここへ通塾する同級生、最後は0人になりました)

d.e.といった特徴から、「クール」「冷たい」等と言われ、
「わが子のことをわかっているのか?」といった疑問を持ったりしますが、
こちらから問い合わせたり、助言を求めたりした際には、(切羽詰っての2~3回)
その都度、大変的確な対応をしていただけました。

また、「不合格」を報告した際の対応ぶりには、さすがと感服。
親からの問い合わせへの回答は後日、だったのに対し、
不合格への反応は、すぐさま。数分後。
(事務窓口に電話をすると、折り返し教師から電話がかかってきます)
子どもには、将来へ向けての前向きな助言を、
親には、子どもに伝えた内容の説明と、大変丁寧なごあいさつをいただきました。

また、賛否両論ある「受験会場での塾講師陣の応援」ですが、
先生から声をかけていただき、握手する息子の表情は、嬉しそうでした。
大声を出したり、気勢を上げたりはせず、
子ども一人一人に個別に対応する姿勢には、好感が持てました。

我が家の場合、まがりなりにも3年間、受験体制をとってこられたのは、
塾あればこそ、でありました。

2008年2月 7日 (木)

中学受験レビュー(1)塾・概観

小学校から最終学歴まですべて国公立、塾も予備校も経験ナシのPIOが、
息子で初めて経験した私立中受験。
結果はともあれ、終了した今、思うところを総括しておきます。

まずは、何と言っても、初体験といえば塾!
息子が3年間通ったのは、大手塾S。
全24クラスもある大規模校舎です。(1クラス20名弱)
「首都圏の中学受験は特殊」とも言われますが、実際は?
生の姿をご紹介します。
なお、感想はすべて私独断の印象論に過ぎないことをお断りしておきます。

★4年~6年への変遷

4年:週2回(国国社、算算理。1科目1時間の1日3時間授業:夜8時まで)
5年:週3回(国国、算算、理社。1科目90分の1日3時間授業:夜8時まで)
6年:週3回(国国社、算算理。1科目80分の1日4時間授業:夜9時まで)
       +土曜午後の演習5時間:夜7時まで)
   9月以降は週4回(+日曜の志望校別&単科8時間・お弁当持ち)

【感想】
システムとしてよく練られている。
4年は「慣らし」「学習の習慣づけ」程度に捉えていればよい。4年のうちは宿題チェックも丁寧にしてもらえるが、学年が上がるにつれ個人の責任となる。(個々でやるべきことが異なるため、との説明あり)
我が家の場合、5年で成績が伸びたが、同時に「やめたい。つらい。」の訴えも何度もあった。平日を3日費やす負担感、知識の注入量の多さ、勉強の目的の曖昧さ、が根底にあった。
6年では「この中学に入りたい」という本人の気迫が必要。我が家にはこれが徹底的に欠けていた。「塾に入れれば、そのうち自覚が出てくるだろう」という読みが甘かった。

★モティベーションを挙げるための塾側の仕掛け

(1)クラスはテスト結果の成績順。月に1度、テストを実施してクラスを異動。
テスト範囲が決まっている「マンスリーテスト」と、範囲のない「組み分けテスト」で、
学年が上になるほど「組み分けテスト」の比率が高まる。

(2)上位4分の1のクラスにだけ、特別な名前をつける(アルファ1,2…)。
特別なカリキュラムを組むわけではないが、それだけで子どもの動機付けに。

(3)6年からの週末クラスは、男女別に分け、単純な数字やアルファベットではなく
具体的な学校名をつける。(開○Ⅰ,開○Ⅱ、 麻△Ⅰ,麻△Ⅱ… といった具合)

【感想】
(1)(2)は見事に機能していたと思う。(アルファ内、アルファ境界線レベルには特に)

(3)に関しては、子どものほうが塾側に「乗せられた」という印象もある。
土曜日のクラスは、志望校に関係なく、塾側が上から順に「開○Ⅰ、開○Ⅱ…」と振っていくのだが、そんなに大人数が「開○」に合格するはずもなく、必然的に自分の実力よりもずいぶん上の学校名が、そのクラスに冠されることになる。
それでも、自分のクラスにその名前がついていれば、子どもは単純に「ここに行きたい」と言い出す可能性大。そのモティベーションに引っ張られて成績も急上昇…となれば万々歳だが、なかなかそうは問屋が卸さない。

秋に始まる日曜日の志望校別は、まさにその子の「志望校」が冠されたクラス分けとなるが、これも一つのクラス名(複数の学校名を冠したクラスもある)につき、複数クラスを作る場合が多。Ⅱ,Ⅲレベルになると「ほんとにその成績で、この名前の学校受けるの?」といった状況になる。

今にして思えば、上記の状況をすべてわかったうえで、塾側は
「モティベーションを高める」「プライドを持たせる」効果を狙い、
塾の実績を上げるため
「少しでも可能性があれば、とにかく上位校を受けてもらう」
という戦略をとっていたのでは?

ここに、塾業界で使われる「チャレンジ校」の意義が見えてくるように思う。
「本命校」「滑り止め校」しか知らなかった田舎者のPIOには、
このへんのからくりが、なかなか見えなかった。。。

といっても、実は私、この塾に入れたことを後悔しているわけではないのです。
その理由は、また次回。

2008年2月 6日 (水)

会場抽選@目黒区

目黒区の会場(中目黒GTホール)、抽選に初参加してきました。
内輪の会でこのホールを何回か使いましたが、
それは抽選後の空きコマを押さえたもので、抽選参加は初です。

雪が舞う中、
東横線・都立大駅から徒歩8分ほどで、抽選会場のホールに到着。
このパーシモンホールの大ホール、小ホール、そしてGTホールと
3箇所の抽選が、6ヶ月前の第一水曜日に行われます。

ホール入り口で希望ホール名を告げ、記入書類&案内書類受け取り。
既に押さえられている区分が思いのほか多いことに、ちょっとショック。

書類を記入したら、提出台へ持っていき、
受付番号を押してもらって、同じ番号の札を「抽選箱」へ投入。
「抽選箱」は、上部に取り出し口の付いた、透明なアクリルボックスです。

提出後は、抽選時間が来るまでホワイエで待機。
大ホールの抽選が10時、小ホールとGTホールの抽選が10時半開始。
時間が近づくと、ホワイエから小ホール内へ移動するよう告げられます。
(大田区のような「時報の放送」はされませんでした。)

さて、ホールで細かい説明がなされたあと、いよいよ抽選開始。
ここでは「福引のガラガラ」には出番がありません。
区の職員の方がアクリルボックスに手を入れて、番号を読み上げていく方式です。

さて、我々のゲットした番号は……
受付番号:7
抽選順位:22番目(38団体中)

ふう……
案の定、目指した区分は、5番目、9番目の団体に取られてしまいました。
大田区では、2会場あわせて40団体、
目黒区では、1会場だけで38団体、
目指す区分がゲットできる可能性は大変に低いということを実感しました。

2008年2月 4日 (月)

受験終了

息子の受験、終了いたしました。
本日発表のあった本命校には、残念ながら選んでいただけませんでした。

「合否は、まず自分で確かめたい」
という息子、(今までの受験校についてもすべて、そうしていました)
今日は学校を休んで発表を見に出向きました。
校内掲示板の手前に親を足止めして、駆け出していった息子。
しばらく掲示板を見つめたあと、くるりとこちらを振り向き、
なんともいえない苦笑い。

その足で、2日に合格をいただいた学校へ手続きに出向きました。

私のほうが、今日の不合格にショックを受けた感じです。
息子は、手続きに向かう道中で、あっと言う間に立ち直り、
「ま、合格がもらえてよかったよね。滑り止めとはいえ。
全部落ちちゃうことだってあるわけだしね。よかった、よかった。
結構いい学校じゃん。ね。」

確かに。
「合格」という赤い字をバーンと押した書類を受け取り、
「おめでとうございます!」
と事務員の方々に笑顔で言われると、嬉しいものですね。

これで3年間かけての受験体制が解かれることになります。
その総括は、また改めて。

2008年2月 3日 (日)

合格校確保

息子の中学受験、経過報告です。

2月1日の”チャレンジ校”は、ザンネン。
2月2日の”押さえ校”で、合格をいただきました。

今日は、”実力適正校”。
受験最終日です。
雪の中、さきほど夫の引率にて出発していきました。

思えば、毎年この時期になると
扁桃腺肥大だ、気管支炎だ、はたまたウイルス感染症だ、と
発熱して寝込むのが常だった息子が、
元気にこの3日間を乗り切っただけでも、
母としては、胸いっぱい、であります……

彼にとっては、実質、今日が”本命校”。
結果はさておき、悔いの残らぬよう、実力が出し切れますように。

2008年2月 1日 (金)

2月1日(抽選&…)

2月1日。SUCH A BIG DAY !

まずご報告すべきことといえば、彩音会の20周年コンサートへ向けて臨んだ
会場抽選結果です。
実は、ほとんど、昨年(→)のデジャブ??というような結果となりました。

会場入り番号:9番 (昨年34番、一昨年29番)
抽選番号:32番/40団体中 (昨年57番/60団体中、一昨年29番/62団体中)

結果:第二希望会場の夜の部のみ確保(一昨年は昼夜連続で二枠ゲット)

第一希望会場をゲットしたこと、まだ一度もないのですが
これは”抽選番号ヒトケタ”を引かない限り無理そう。。。
でも、今年もほんと週末枠が見事に埋まっていく中にあって、
第二希望会場とはいえ
希望枠、そこ一枠だけが空いていたのですから、
「これぞ神の采配」。これで御の字です。

来週、こんどは「初トライ」の別会場抽選に出向きます。
その結果次第でコンサートの会場&日どりが決まりますが、
まずは今日「押さえ会場」を確保できたことを喜びたいと思います♪

*****

さて、上記ご報告のなかで気づかれたでしょうか?
今年の会場入り番号が例年になく若いことに。
ここでタネあかしをいたしますと……

息子の中学受験日と重なっていたのです。
「PIOさん、会場抽選なんて、来なくていいから!受験第一で!」
「母親が会場にいて、”念”を送ってなきゃ駄目よ!」
ってなことを言われてもいたのですが、

だって、受験会場に居すわったって、退屈なだけだも~ん!

という失格母の私、受験開始時間まで見届けるや、さっさと抽選会場へ。
結果、会場到着時間が例年になく早くなったのでした。

しかし、いくら呑気な母とはいえ、
朝7時50分という集合時間(7時前に家を出るべし!)は、かなりのプレッシャー。
今朝は5時に目覚めてしまいました。
息子どのの今日の感触は「撃沈!」とのことですので、
明日、あさってと、受験は続く……ということになると思われます。
母も早起き、がんばります。

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