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2007年7月31日 (火)

『七夕しぐれ』

070731tanabata 熊谷達也『七夕しぐれ』

「史上初の直木賞&山本周五郎賞ダブル受賞作家が差別問題に正面から取り組んだ、魂に響く成長譚」
という説明を読み
「これは息子にいいかも……」
と、借りてきた本です。
けれども、あまり息子の気を惹かなかったようで
1週間以上放っておかれていました。
(その間に、私のほうが、この本の隣にあって借り出した
『虹色にランドスケープ』を読んでしまった訳です…)

しかし、先週末、息子は一気に読んでしまったとのこと。
そういえば、妙な質問を連発していました…
曰く、
「エタ、ヒニンって、いつの時代からいつの時代までいたの?」
ママの時代、切手集めの趣味って、はやってた?」
「うりかけちょうって何?」

売掛帳、と判明。
確かにこの響き、「勧進帳」とかに似てますねえ。江戸時代の響きかも。
それにしても、「ママの時代」という言葉を「江戸時代」と同列に使っていないか?
売掛帳で本が「好きなだけ買える」ということに羨ましさ、好奇心全開の息子。
彼には、昭和と江戸が「同じ程度に昔」と感じられるのか……

……話が脱線しました。
この『七夕しぐれ』は、昭和40年代に小学校5年生だった男の子の成長譚。
引越し先で、差別問題をごくごく身近に感じることとなり、
差別される側の友人二人と組んで、いやがらせをしかける同級生、「ことなかれ主義」で誤魔化す大人たちに対抗する
というお話。

この本の主人公、
迷ったとき、悩んだときには、次の言葉を拠り所として行動します。
「なにが正義なのか、カズ坊が自分の頭で考えるしかないんじゃないの」

なるほど。ドンピシャリのアドバイス。
夜の繁華街で働く「安子ねえ」の、粋でカッコいい発言&行動が光ります。

最後の「3人で組んで、行動に出る」までの下りは、なかなかわくわくさせる展開
(新聞委員の主人公が新聞発行差し止めを受ける→仲間3人で隠れての謄写版印刷→放送委員の仲間が放送室占拠&アジを流す→屋上からのビラ撒き……)です。
息子が
「おおーっ!そういうでっかい話になるか!そうくるか!」
と叫んでいたのは、これだったかと納得。

さて、彼らが計画どおりに行動後
「結局、私たちの正義が勝ったのか負けたのか、どっちなのかはわからない。というより、そもそも正義には勝ち負けなどなく、貫けるかというかの問題だけなのかもしれないし、正義を信じることができるか否か、がすべてなのだ、とも思う。」
とあります。

息子が妙に「正義」という言葉を使いだしたのはこれだったか、とも納得。
あ、それから
「小説と随筆って、どこが違うのか、わからなくなった」
という発言にも。
この小説が、自分の実体験を思い出してつづっている随筆なのか、
プロットを立てて書いた小説なのか、わからない
ということだったのですね。

ま、いろいろ考えるきっかけになったのなら、よかったでしょう。
私も結構楽しめました。

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コメント

親が読んで欲しい、と思うような本にはなかなか手を出してくれないわが娘達
上のはいまだにあさのあつこ、映画好きな下は、映画の原作を読み漁ってます
学校の読書紹介のために「なんだっけか、おかーさんが前言ってた『西の魔女が死んだ』ってどんな話?」と図書館で借りてきたのには、取り敢えず、ほっ。。。。

そういえば、うちの母は、アタシが読む本などには一切口出ししてなかったなぁ・・・・・と
”昭和の親の待ち”の姿勢に学ぶところは多いですね

男の子だと、「読んで欲しい本」自体がわからないんですよ。
私が馴染んできた少女小説なんて、全くの畑違いで。

今回は、たまたま息子が図書館に行く時間がないとのことで
何でもいいから借りてきて、と頼まれ、
書評が目に入ったので借りてみただけ。
普段は「息子に読ませたい」という視点自体が欠けているかも。

最近は、私が借りてきた本をその辺に置いておくと
知らないうちに息子も勝手に読んでいる
という格好になってます。

親としては、それより勉強してほしいんだけど~~頼むよ!

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