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2007年2月27日 (火)

「千の風になって」と子ども期

メディアでの露出度、すごいですね。「千の風になって」。
昨日は、NHKのクローズアップ現代でも取り上げられていました。
ちょっと前に有線を流しっぱなしにしていたら、数時間の間にこの曲が3回流れました。
先日、めずらしく昼間にTVをつけてみたところ、トーク番組のゲストが「千の風になって」歌い手の秋川雅史。都内某所オープンスペースでのコンサートで、人々がまさに”鈴なり”になっている様子が紹介されていました。
ブームといっていいでしょうね、この現象。

たしかに、詩もメロディーも心に残ります。
ネットでもこの曲を巡るエピソード募集をしているようですし、昨日のTVでもいろいろ紹介されていました。
エピソードを寄せるのは、年配の方々が多いようですね。

たまたま今
『父親力~母子密着型子育てからの脱出~』(正高信男著 中公新書)
という本を読んでいるのですが、そこで子どもの発達が「はじめての記憶」から考察されています。
それによると、人類は、霊長類の一メンバーとして「嫌なことを初期の記憶としてとどめる」ようプログラムされており、
現代の高齢者が「親しい者の死」「天災」を「はじめての記憶」としてとどめているのに対し、20代の学生は「ケガ」「迷子」「乗り物酔い」「お漏らし」「笑われた」と、内容を全く異にするとのこと。

我が身を振り返ってみました。
初めての記憶は、やはり4歳ごろの「笑われた」経験かなあ。
でも、祖父が亡くなった経験は、やはり大きいですね。6歳でしたが。
祖父が亡くなってから1年間ぐらい、
”自分が悪い子だからおじいちゃんは成仏できないんじゃないか”
”こんな悪い子だと、おじいちゃんに連れて行かれて、朝目が覚めないんじゃないか”
”おじいちゃんが死んじゃったのは、私が悪い子だったからじゃないのか”
etc.
といった考えにとらわれて、夜が怖かったのを覚えています。

おそらく、この6歳~7歳の時期に「千の風になって」に接していたとしたら、子どもなりに救われたかもしれないなあ、と思ったりして。
いや、逆に、もっと怖くなったかなあ。風が吹くたびにビクっとしたりしてね。

現代の子どもは、どうなんでしょう。
うちの息子は、11歳になるまで「親しい人の死」は全く経験していませんね。
そういえば、幼稚園のころ、縁日でゲットしたサワガニの「さわちゃん」が半年生き延びて脱皮したあと息絶えたときには大泣きしていましたが。

ふと、「千の風になって」が子ども期の心にはどう響くのか、気になった次第です。

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