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2006年11月17日 (金)

斉藤秀雄と宮沢賢治

まだ読みかけですが…
小澤征爾をはじめ著名な音楽家を育てた、斉藤秀雄の生涯を綴った本を読んでいます。

ここのところ、つづけてサイトウキネンフェスティバルへ足を運んでいるというのに、斉藤秀雄その人については断片的なことしか知らず、どうもスッキリしていなかった私。先日、職場の図書館で、とーっても貧弱な「音楽」コーナー(専門が全く違うので当然なのですが)をのぞいてみたところ、なんとこの1冊だけが白い背表紙を輝かせて、私の目に飛び込んできたのでした。

『喜遊曲、鳴りやまず~斉藤秀雄の生涯~』中丸美繪 1996年 新潮社

まだ少ししか読んでいませんが、斉藤秀雄その人がわかる、ということはもとより、日本の近代史の中で、オーケストラが、クラシック音楽を生業とする人が、どう位置づけられてきたのか、というイメージがつかめて、大変面白いです。
やっぱり、クラシック音楽って、初めは、上流階層の限られた方々のものだったのですね…。著名な英語学者の家に育ち、有名私立小学校に入り、その中学・高校時代に同窓生と音楽活動に没頭し、大学卒業後には欧州留学を果たし…という具合。

時代を感じる中でも、次の仮説にはびっくり。
★宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』のなかの楽長のモデルは、斉藤秀雄ではないか?

宮沢賢治、頻繁に上京しては、オーケストラの練習風景を見に足しげく通ったり、高価なチェロを自ら購入してオーケストラのチェリストにレッスンを乞うたり、といったことをしていたそうで、秀雄の指揮を見ていたと考えるのはごく自然なこととか。
「ドイツ留学帰り」の新進気鋭のチェリストとして交響楽団に入団し、指揮もしていた秀雄は、まさに賢治が描写したように、
「手をぱっと打ち」「足をどんと踏んでどなり出し」といった指揮ぶりで、楽団員の反感も買っていたとのこと。

音楽に対する情熱がヒステリー的な暴君ぶりにつながり、周囲の反感を買って…ということは多々あったそうです。楽団員の署名集めによって、新交響楽団(NHK交響楽団の前身)から去る、ということころまで読みましたが、当時のコンサートマスターが黒柳徹子の父上だったりして、「時代のつながり」を実感。。。
指揮者にはカリスマ性が求められるので、オーケストラのメンバーだった者が同じオーケストラの指揮者として成功するのは不可能だ(周囲の嫉妬を買ってしまう)といった見方にも頷いてしまいました。

続きは、また改めて。

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