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PIOの新ブログ

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2005年12月

2005年12月29日 (木)

2005年最後のごあいさつ

昨日が仕事おさめでした。近年になく「仕事してます!」の12月でした。
そのおかげで、大掃除がチョー手抜きとなってしまいました。(許せ、家人!)

今年を振り返ってみるに、2005年私的重大ニュースの一つに「ブログ人脈ができた」ことを挙げたいと思います。
さきほど、マチカさん主催の「ドンヒュク・コミュニティー」を覗いてみました。(かぷりさん、ご招待ありがとうございました)
欧州で専門的に演奏勉強中の方々が参加していらっしゃるようです。
今後の展開が楽しみであります。

114_1447 左は、私の誕生日に撮った写真。
この夕陽の「暮れ方」が、今の「年の暮れ」気分にぴったりかと。

明日から”嫁”をするために移動です。
(おせち料理の芋の皮剥きetc.にいそしみます)

来年もよい年となりますように。

2005年12月24日 (土)

日本音楽コンクール、見逃した!

昨日、だったんですね。「日本音楽コンクール本選会」のTV放送。
かつては「文化の日」の放映と決まっていたので、たいていは見ていたのですが、ここ数年、いつの放映か把握できなくて。
去年は、たまたま気づいたのですが、ピアノ部門は見逃してがっくり。
「文化の日」から「天皇誕生日」に引っ越したのでしょうか?これは毎年のこと??
何かご存知の方、また、昨日の放映をご覧になった方は感想など、是非コメントくださいませ!

123_2314今日はクリスマスイブですね。
我が家は昨日、ご近所さん4家族・総勢16名で持ち寄りパーティー。
子どももろとも夜12時近くまで盛り上がってしまったので、今日はおとなしくする予定…

   

2005年12月18日 (日)

クリスマス・ツリーの放浪

123_2302_r1 世の中、特にブログ世界は、今やクリスマスムード一色。
我が家にも1週間前からツリーが登場。しかし、気の毒なこのツリー、「夜間の洗濯」による「室内物干し」の出現により…

物干し(尊大に)「あんた、邪魔なのよ!あたしゃ仕事があるんだから。そこどいてよね!」
ツリー(丁重に)「あ、それはそれは…。はい、人々の幸せのため、わたくしのできることであれば…。はい、ちょっとお待ちくださいませね。」

ああ、そして今晩もまた、室内ウロウロ、ジプシーの旅に出るクリスマス・ツリー…

2005年12月12日 (月)

フルート、ヴァイオリン、チェンバロによるクリスマスコンサート

室内楽アンサンブル"Bouquet de Tons(音の花束)"によるクリスマス・コンサートに行ってきました。
2005年12月11日(日)午後3時ー サロン松本(市川市)にて

123_2310 私と同世代(たぶん)のプロの演奏家、
pipiさんお知り合いの方々です。
フルート、バイオリン、チェンバロ、というトリオのコンサートは初めてだったのですが、音色がしっくり合っていて大変心地よい演奏会でした。
お客様は70名程度だったでしょうか、こんなサロンコンサート会場が東京都内にあれば…と思ったことでした。

プログラム
モーツァルト モテット”アヴェ・ヴェルム・コルプス”
タネリ・クーシスト  古様式によるクリスマスのソナチネ
ヨハン=セバスチャン・バッハ  ソナタ ニ長調 B.W.V.1028

高橋喜治  ジュメル・ド・ノエル(クリスマスの双子星)
チャイコフスキー  組曲「くるみ割人形」より 行進曲、葦笛の踊り、花のワルツ
高橋喜治  日本の四季
高橋喜治  クリスマス組曲

バロックっていいな、と久々に思いました。ヴィオラ・ダ・ガンバの「ガンバ」が「脚」という意味だったとは、初めて知りました。
高橋喜治さんの曲はとても耳に優しく聴きやすくて、編曲によって曲の雰囲気も随分変わるんだな、と発見。
演奏会後、高橋さんと直接お話をして、オリジナルのピアノ連弾譜を入手できるようにお願いできたのも収穫でした。ソロ譜は2曲分その場で入手。
彩音会コンサートでも、是非演奏させていただきたいものです。

高橋さんの曲の雰囲気、"Bouquet de Tons"による演奏でちょっと味わえます。→http://homepage.mac.com/haruan37/amakane/audition/audition20.html

2005年12月10日 (土)

思い出のコンサート

仕事に追われて、頭の中も、家の中も、ぐちゃぐちゃ混沌状態。
にもかかわらず、いや、だからこその反作用で(?)、いろいろコンサート情報を漁ってはチケットをゲットしてしまうこの頃…で、ふと「思い出のコンサート」を列挙してみよう、と思い立ちました。なにせ長年生きているので、ランキングというより年代順で行きます。

★1970年代:太田恵子エレクトーンコンサート
  初めてピアノを習った先生のコンサート。札幌オリンピックやNHK教育番組のバックで弾かれた、エレクトーン草分けの方です。先生が大学院生だった頃から3年間ぐらい教わりました。(結局、演奏活動優先で教えるのを辞めてしまわれました)
  私にとっては、初めての「生コンサート」(本格的な大ホールでした)。音楽そのものはもちろん、バンド仲間とのやり取りなんかにもいちいちビックリ、ステージというものの存在感に圧倒されて、一週間ぐらい現実生活に戻れず「うつけ状態」に陥って、周囲を心配させたんでした。

★1980年代:小澤征爾と前橋汀子の協演
  たしか、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲。オケは新日本フィル。当時、前橋さんは「音楽界のマドンナ」でした。貧乏学生が踏ん張ってチケットをゲット。なんと、舞台かぶりつきの前列の席で、小澤さんの「飛び散る汗」、お二人の「アイ・コンタクト」を間近に見てしまい、全身ゾクゾク。この瞬間の映像、今でもよみがえります。…演奏者の集中力と迫力、それが乗り移る音楽にしびれました。

★1990年代:ヨーヨーマのソロリサイタル
  自然体で社会派。全く気取らない人柄・演奏スタイルなのに、チェロ一本で大ホールを別世界にしてしまう、という力に圧倒されました
  戦火の国の作曲家の新曲を取り上げて、曲の前にその解説を入れたり、他の分野の芸術家との交流も話したり、というスタイル。ただの「演奏屋」とは違うぞ!というオーラ出まくり。解説後、すぐに音楽に集中して没頭する「自己コントロール」にもビックリ。あらゆる意味で、音楽の力について考えさせられました。

 「感動コンサート!」は他にもあったと思うけれど、ぱっと思い浮かんだのはこの3つ。2000年代を振り返ったとき、残っているのはどんなコンサートかなあ…
 うむ。コンサートそのものの出来というより、そのときの聴き手の状態に「はまった」コンサートはこれだった、ってことみたいですね。自分をさらけ出したようで恥ずかしい…
  
  

2005年12月 7日 (水)

ドンヒョク・デビューリサイタルCD

Dong-Hyek,Lim Debut recital イム ドンヒョク「ロン=ティボーの奇跡」
というタイトルのCDを聴きました。

donhyukCD まず、選曲が大変よろしい。(実は、とっても月並みな趣味の私)
ショパンの「スケルツォ2番」「ノクターン8番」「バラード1番」「エチュード1番Op.10-1」、シューベルトの「4つの即興曲 Op.90」、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」

全体を通して、音色がキラキラしていて、溌剌とした印象です。とても気分よく聴けます。
ロマンティシズム一杯だけれど、決して歌いすぎず、間違っても演歌調には流れず、きちんと統制のとれた弾きっぷりです。
秀逸だと思うのは、ラヴェル。
弾き手によっては「くどい!うるさい!重い!」となりがちなところを、とっても軽やかに、楽しげにキラキラとこなしています。(聴いたあと二日間ぐらい、ずっと私の頭の中で鳴っていました…)

CDを聴く限り、音はとってもダイレクトに響いてきます。ネット中継でも思ったんだけど。
…とすると、やっぱり11月の生演奏は、ちょっと物足りなかったような気がするなあ…

2005年12月 2日 (金)

ドンヒョク情報解読(韓国のサイトより) その2

(昨日の記事の続き…)

優勝者ブレハッチに対しては、
"テクニックがとてもすぐれているし, スタイル自体もしなやかで優雅で柔らかい「ポリッシュ・ショパン」に近いようですね"と評した。

彼はまた、今後これ以上コンクールに参加する意思がないことを明らかにした。
"今度が最後のコンクールだと思ったから、余計に大変だったのかもしれません。" そして "結果のせいでやめるのではありません。コンクールというものの本質が充分に分かったから、出ないんですよ。"と念を押した。

"実は人々の注目を引けば引くほど負担が大きくなって、演奏もますます難しく感じるんです。 ことに後輩たちが打って上って来て, 私がもう限界を感じるほどで…. 今とても疲れてくたびれていて、そう感じるのかもしれません。"

しかし、ショパンコンクール '3'は、決して悪い結果ではないじゃないか、と問うと,

"そうですよ, 実は福に抑えられなくて(PIO注:意味がよくわからん)、こう言うんです"と言って笑った。

現在ハノーバー音大の専門演奏者課程で学ぶイム君は、この課程を終えたら、アメリカなどさらに市場が大きい所に渡って勉強を加えたいという計画を明らかにした。韓国公演では来年1月初めに、芸術の殿堂コンサートホールで独奏会が予定されている。

ソウルには来月 10日頃まで泊まる予定だ。兄のドンミンさんも来月初日本演奏を終わらせてソウル入りする。

"ソウルでは兔許も必ず取って, 友達と遊んで過ごすんです. 練習は全然しないんです。(笑)."
ファンの間では '花美男'で通じる 20代初盤のこの若いピアニストに、「ガールフレンドがいるか」と用心深く尋ねてみたら
"ガールフレンドですか? 実は私にはすべてガールフレンドたちです。ボーイフレンドよりガールフレンドのほうが多いです。"と言って笑った。

yy@yna.co.kr

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イサンイムニダ(以上です)。我ながら労作であった。。。感想は、また改めて。ふう。

2005年12月 1日 (木)

ドンヒョク情報解読(韓国のサイトより) その1

マチカさんから教えていただいたサイト「ピアニスト イム・ドンヒョク」(韓国のファンサイト)に「ショパンコンクール関連臨時掲示板」を発見。http://cafe.daum.net/pianisthyuk
そこにあったインタビュー記事(連合ニュース 10月30日)を解読してみました。

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donhyuk ドンヒョクは、学校【ハノーバー国立音大】があるドイツで家族と一緒に住んでいるが、大変な大会(ショパンコンクール)後、休養を兼ねて、親戚の家があるソウルに立ち寄った。

"

ロッテワールドに遊びに行きたかったんですが、時間がなくて行けそうにありません。ソウルにいるうちに運転免許を取ろうと、今速成で、学院に通っているんですよ。"

コンクール後の所感を尋ねると、 "すっきりしたが、残念だ"と表現した。
これは多くの人々が惜しんだように、本人自らも、内心もっと良い結果を期待していたからだろう。

"あと10回弾いたとしても、あれ以上の演奏にはできないと思うので、私自身、自分の演奏には満足しています。それだけに受賞者発表日、最後の3人が残った時、内心2, よくすればラファル(ブレハッチ)と同時の1位までも期待したんですが、残念でした。"

どんなコンクールにも、結果に対する異論はあり得る.。今大会もポーランド演奏者ラファエル・ブレハッチが 1位を占めたことに対して、開催国が自国演奏者を押したとか, 審査委員の半分近くがポーランド人だったとかいう記事が、後から出たというのが事実だ。

"結果が不公正だったというのではありませんが、そんな雰囲気が、肌に感じるほど強かったことは事実です。ポーランドが優勝者を出したのは 30年ぶりでもあるんです。それに開催国出身審査委員がこんなにたくさん参加するコンクールは世界中どこにもありません。"

(明日に続く)

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