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2005年4月

2005年4月30日 (土)

上手になりたい?

「ピアノ、嫌いじゃないけど、別に上手になりたいとか、思わない」
とは、不肖の息子の弁。
ついにピアノのレッスンを毎週から隔週に減らすことと相成りました。

「上手になりたいとか思わない」とは何事ぞ。
体の力がシュルシュルと抜けていった母でありました。
さて、わが身を振り返って、自分が「上手になりたい!」って思うようになったのはいつだっただろう、と考えてみても別段これといったきっかけも思い当たりません。
私の場合は、ピアノのレッスンで最初についた先生が
「やる気のない子は、さっさとやめてもらいます」
と宣言されていた方で、実際にクビになった生徒さんたちを目の当たりにしていたので(レッスン後に「白い封筒」を渡された生徒さんは、次の週から現れなくなるんです)、
「辞めさせられてなるものか!」
の意地で練習していたような気がします。

でも、「なにくそ!負けてなるものか!」根性ってのは、高度経済成長期の遺物という説もあり。
思いっきり凡才で「一番ラクしてお金がもらえる仕事って何?」と聞いてくるようなわが息子は「根性」なんて言葉の意味も理解しないのでは?と思われます。

「上手になりたい」という意欲をひきおこすものって何なのでしょうね?
ある程度の量練習すれば楽しさもわかってくると思うのですが、その量を練習しようという気にならないのでは打つ手なし。

結局、あることへの意欲というものは、その人に内在する何かであって、外部からできることは限られている(ほとんど無)ってことなのでしょうか?

2005年4月25日 (月)

演奏を聞く?見る?

昨日、地域の行事で、一日中公園で過ごしました。
小中学校PTA担当者として配置されていたわけなのですが、中学校3校のブラスバンド部の演奏が華を添えていました。

でも、その様子を見ていて、ちょっと「ん?」と思った私です。
新緑の美しい公園で、数十名に及ぶブラスバンド部の演奏。
(最近は、若者の映画の影響などもあってか、ブラバンは一番人気の部活動なんだそうですね。)
イメージとしては、幼児連れの家族や、小学生たちが、遠巻きに思い思いに座って、その演奏を聴く、という図柄を思い浮かべていました。
実際は…どうだったと思いますか?

ブラスバンド部の生徒の家族、地域広報誌関係者、と思われる人々がVTRとカメラを抱えてブラスバンドを2重3重に取り囲み、普通に公園でくつろぐ人々から見えるのは、カメラを掲げる人々の後姿のみ。
その背中から、大道芸人を取り囲む人々の熱気に似たものを感じました。
楽器を演奏している生徒たちの姿はまったく見えなかったのでした。

ま、特別ステージが設置されたわけでもなく、ただ地面にパイプ椅子を並べての演奏ですから、たしかに「大道芸人」スタイルといえます。
私自身、もしその演奏者の中に身内がいたら、きっとカメラを抱えて「ズームで撮ろう」なんてしただろうな、と思います。

でも、あんなに間近で取り囲んでしまっては、ブラスバンドの演奏は楽しめないんじゃないかな、と思った次第です。
ここは、主催者側が「ちょっと離れて聞きましょうね!」なんて声をかけたほうがよかったのかしら?…いえいえ、こんなことを気にしているのは私ぐらいのものだったんでしょう。
「いい写真のための瞬間」を求める人々と、演奏など気にも留めないその他大勢の人々。
演奏する中学生はどうなんでしょうね。

聞き手に楽しんでもらえるコンサートを目指す彩音会ですが、
「聞き手」にもいろいろあるんだなあ…
なんて思いました。

恵比寿では、どんな聞き手に集まっていただけるのでしょうね。

2005年4月17日 (日)

教えるとは、習うとは…

 この週末、ちょっとした研究会に顔を出してみて、かなり落ち込んでしまいました。「私の信条って何?」…教育界の片隅に身を置いていながら、自分の立ち位置が定まらない感じで煩悶中です。

 教育界では今「教授者として知識を伝授する」という姿勢が批判され、「自律的に学習ができるように支援する」という立場が支持されています。インターネットが普及し、だれもが情報にアクセスできる時代、「情報を手にする者の権威」も「情報を与えることの意義」も薄れたと。世にあふれるツールや人的ネットワークを生かして、自ら学び続けられるように学習者を活性化する触媒、「ファシリテーター」としての存在こそが求められている、という考え方です。

 ただ、もし私が何かを習いたいと「教室」に通うとき、その「教室」の先生に「あなたの自律を助けてあげる」などと言われたら、きっとムッとして教室を去ると思います。でもこれは私の頭の中の習い事としての「お教室」イメージかも。いわゆる学校教育での先生は「自律を助けるファシリテーター」たるべきなのでしょうか?でもそれって「知識の伝授」と相反するもの?

 音楽の世界、ピアノの世界での「先生に求められるもの」にも何か変化が見られるのでしょうか?息子のピアノの先生などを見ていると「ほめてばかり」。習い手はぬるま湯に浸かっているようで、どう見ても「学習者を活性化する触媒」になっているとは思えません。

 うちの息子のような底辺レベルのレッスンはさておき、専門教育レベルでは変化があるのでしょうか?TVの「スーパーピアノレッスン」を見ると、昔の「ピアノのおけいこ」と比べて、立ち位置が変化したとは思えないのですが。先生自ら手本を示して矯正する、というスタンス。それでもTVを見ている私が「うおお、そうか。今わかった!」「おお、そのとおりだあ!」と納得するんです。こうした発見をさせることこそ、習い手をやる気にさせる「触媒」効果といえるのでは?一体、触媒って、ファシリテーターって何?

 なんだか、とりとめもなくなってしまいました。どこかの周りをグルグル、グルグル回っているだけで、核心に到達できない、というもどかしさを常に感じています。教えるって、習うって、ということをこれからも考え続なければ、と思っています。辛いけど。。。コメントのある方、掲示板によろしくお願いします。。。

2005年4月11日 (月)

連弾のコツって

 掲示板の書き込みでも話題になってますが、連弾の練習方法って、近年のIT技術なんかを駆使して進化しているんでしょうか?私に関していえば、思いっきり牧歌的で「直接パートナーと合わせる」ことに尽きます。
 私の場合の「連弾成長過程」、ステップに分けてみると次の4段階ぐらいでしょうか。

1)自分のパートの譜読みをする。曲がつかめず、なかなか「やる気」がわいてこないが、パートナーに悪いという責任感で頑張る。
2)合わせ初期。どんな曲か、どこが合わせにくいかを把握して「なるほど。練習しなくちゃなあ。」と思う。ちびちびと個人練習を続ける。
3)何度か合わせ、二人で曲想をつける(ここでrit.しよう、この音を大切にしよう、等等)うちに二人一緒に「のめりこんで」弾ける瞬間が訪れる。
4)連弾が楽しくなり、個人練習も楽しんでできるようになる。

 この3)の「のめりこみ」がいつ訪れるかは、曲との相性によるというか、二人のバイオリズムによるというか…曲によっては、「?」のままコンサート当日を迎えて、「?」のまま不完全燃焼で演奏を終えてしまうこともあったりして(許して!)。個人的には、2)から3)へのステップアップを「これだ!」と目からウロコ的に実感できたのはチャイコフスキーの「花のワルツ」だったかなあ。

 でも確かに「合わせたい」と思っても物理的に不可能な場合もあるわけで。彩音会の過去のコンサートでも「当日あわせ」のみでビシッと決めているペアもいましたよね。1st、2ndともに頭の中で鳴っている曲想が一致していたんでしょうね。同じ演奏テープをお互いに持って聴いていたとか、何かコツがあったのでしょうか?

 体験談、ご意見、募集します。是非掲示板のほうにお願いいたします。

2005年4月 9日 (土)

雨降って地固まる

 今日、5月7日の連弾ミニコンサートについての事前打ち合わせをしました。
 いろいろ事情があって「8月にホールを借り切って例年どおり2時間程度のコンサート」との腹案が「5月にオープンスペースでの時間限定ミニコンサート」と変更になり、すったもんだしたのですが、今日の打ち合わせはとーっても有意義で、前向きで、気持ちよく進みました。今回は会場が都心の恵比寿ということもあり、なかなか会えない休会中の会員にも何名か聴きにきてもらえるとのこと、嬉しい限りです。ご案内の労をとってくださった方に感謝!これぞ「人生万事塞翁が馬」?あれ?ちょっと違うか?…また、彩音会の規約も忌憚のない意見が出された上で改正され、今後の活動の見通しもたちました。「ああ、雨降って地固まったな」と心底ほっとした私です。
 遠くから心配してくださっていたみなさま、大丈夫ですよん。「90歳の共白髪になるまで」を合言葉に、活動をつづけていきましょう!これからも彩音会は進化しつづけます。

2005年4月 8日 (金)

ピアノの公開レッスン

 3月30日(水)ピティナ主催公開レッスン「徹底研究2005ドビュッシー(講師:ブルーノ・リグット、会場:王子ホール)」に行ってきました。仕事の春休み期間を貪欲に利用しようってことで、かなり前に早々と申し込んじゃったのよね。
 第一部(10:30-12:30)の「子供の領分」を聞いたのみなんですが、会場は熱気むんむん。「通訳のかた、もっとはっきり言ってください!」なんて声があがったりしてね(私にはちゃんと聞こえたんだけど)。
 第一部の演奏者は3名とも小学生。みんな見事に弾きこなしていて、まさに脱帽って感じ。小学生とはいえ、音楽にはすでに個性が表れてるってことに驚嘆しました。指導内容は「鳴っている音をよく聞いて弾く」ってことに凝縮されると思うんですが、それが出来ているかいないかで、聞いた印象がまったく違うんですね、やっぱり。プライドを持ってしまった(ように見える)子が伸び悩んで、「上手になりたい」という気持ちでいっぱい、という子がすごかった。。「素直な気持ちは成長の下地」ってことかしらね。なんか、身につまされました。いろんな意味で。
 そういえば、NHK教育でも「ピアノのレッスン」が始まりましたね。最近とんとご無沙汰気味だったピアノ練習(コンサートまであと一ヶ月というのにね!)。このへんで初心にかえって練習してみようかな。

日記のページ開設!

そろそろホームページ創立一周年。それを記念して(?)管理人の日記ページを作ってみました。
今後の展開は…ま、なりゆきに任せてやってみます。
会員のみなさまがお暇なときに覗いてくださったりすると嬉しいな~。会員以外に友達の輪が広がったりしても、これまた嬉しいな~。

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