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2017年2月21日 (火)

バッハ一族とその音楽 第7回

spade第7回  父と子の対決#3 息子たち、それぞれの人生と音楽
(2月15日放送)

バッハの子どもたち20人(10歳までに10人が死亡)
わが家の女の子は皆プロ級に歌がうまい」バッハのことば
女の子のうち、結婚したのは一人だけ。
末っ子の女性は晩年、金銭的に困窮。それを知った音楽仲間が
「バッハの子を助けよう」と呼びかけ、応じた中にベートーヴェンもいた。

オルガンは鍵盤を押せば正しい音が出る
だれでも、ちょっと練習すれば、私ぐらいになれるだろう

→父バッハのことば。こんな発言をする音楽家はあまりいない。
実際に音楽家として活躍したのは、男の子5人。
魔女裁判などがまだ続く中世の世において、彼等は時代に先駆けていた。
フリーデマン、エマーヌエルは、父と同じような音楽を作ろうとは思わず、
新しいことをやろうと、もがいていた。
長男・フリーデマン
野放図・ボヘミアン。
遺産相続した父の楽譜を売って金銭を得たり、自分の楽譜だと偽ったり。
→散逸した楽譜が多い。

次男・エマーヌエル
フルートと戦争の好きな大王フリーデマンに仕える。
テレマンの死後、ハンブルクの彼の仕事を引き継ぎ、裕福に。
(エマーヌエルの「フィリップ」というミドルネームの名付け親がテレマン)
エマーヌエルには、彼の「もがき」が伝わるような疾風怒濤の音楽が多い。
末息子・クリスティアン 
唯一国際的に活躍。
「ロンドンのバッハ」と呼ばれた。
「国際的になりたい」と思って行動した人。
ドイツに生きた父には、こういった発想はなかった。
モーツァルトを教え、音楽をやっていく上での基盤を作った。
カトリック信者に改宗し、43歳まで生きる。
まとめ
バロック→古典派→ロマン派
と時代が流れるが、古典派への流れを作ったのがバッハの子供たち。
しかし、
バッハ、モーツァルト級の巨匠は、この流れを飛び出している。

2017年2月19日 (日)

『春に散る』

20170219 沢木耕太郎 『春に散る』 朝日新聞社 2016

上質の娯楽小説でした。
朝日新聞の連載小説ですが、連載当時は全く読んでおらず。

40年ぶりにアメリカから帰国した元ボクサーが
昔の仲間を集め、4人で協力して有望な青年を育てる。
……乱暴にまとめてしまえば、そういう物語です。

なんとも都合よく物事が運びすぎるストーリー運び、
(実に見事なタイミングで、人や住家に恵まれる)
結末が見えてしまうタイトルが、ちょっと興ざめかもしれませんが、
楽しんで一気に読めてしまいます。
上下2巻、あっという間でした。

個人的には、、
亡きボクシングジムの会長が、入寮テストとして課したという
「ヘミングウェイの小説の感想文」
というのが、印象に残りました。(私自身の仕事柄sweat01
八百長試合に臨む二人のボクサーを描いた小説を読んで、

・ファイト・マネーに着目する
・負けたボクサーのその後に思いを馳せる
・あとがきの解釈に異を唱える
・ボクシングと野球の差への気づきを述べる

と、四人それぞれが全く異なる視点をとった、というところ。
「期待される答えを書く」
のではない感想文、これがあるべき姿だなあ。。。
これが、この小説冒頭の「キューバが見たい」につながっていたのだった
と、今、気づきました。洒落た仕掛けです。

主人公が心惹かれたという映画(引退した音楽家たちの共同生活ハウス)、
私も予告編で見て心惹かれており、共感しました。

ボクシングについての知識がなくても、それぞれの視点で楽しめる小説だと思います。



2017年2月18日 (土)

この世界の片隅に

20170218 仕事が休みになった時間を利用して映画館へ行ってみました。
秋以来、評判になっているアニメ映画

この世界の片隅に

数か月の間に、アニメ映画を2本も見るなんて(「君の名は」→)、
生まれてこのかた初めてです。

上映時間の2時間、ずっと画面に、ストーリーに釘づけでした。
映像、音響、話の流れ、とても練られています。
でも、
淡々と事実を重ねていくだけ。
音響は、飛行機の音、風の音、など、事実の音。
効果音でも、音楽でもありません。

日々の小さな幸せを丹念に描いて、
いろいろあったけれど、
無事に戦後を迎えて、ああ、よかったね、という話なのかな
なんて、途中で思ったりしましたが、もちろん、
そんなわけは、ないのでした。

やはり大事なのは、家族の力、素直な気持ち、
そして、自ら動くこと、なのかなあ。。。
いろいろ考えてしまいました。
まだ自分で消化しきれていないと思います。

2017年2月17日 (金)

『いまさら翼といわれても』

20170217 米澤 穂信 『いまさら翼といわれても』 KADOKAWA 2016

米澤穂信の作品は、
古典部シリーズの『氷菓』を読んだのが初めてで、
ものすご~く前だったなあ。。。という記憶が。
このブログにも書いていないから、2005年より前??
なんて思ってググってみたら、2001年発行でした。

当時は、
ふつーの学生~古典部の部員~が、日々の小さな謎の解明に挑む、
だれも死なない、警察とは無縁の気軽に読める明るいストーリー
というのが目新しく感じたのでしたが、いまや一つの流派になった感あり。

前置きが長くなりました。
本書『いまさら翼といわれても』、その古典部シリーズの最新作。

将来を見据える、自分を見つめ直す、
という視点で、大人への脱皮の予感を感じたのは、
以前の作品が半ば忘却の彼方となり、バイアスがかかったせいかもしれません。

高校生同士の、ある意味、密な、また、ある意味、醒めた人間関係、
うまく描いているなあと思いました。

生徒会の選挙を巡る「箱の中の欠落」
中学の卒業制作を巡る「鏡には映らない」
教師の思い出を巡る「連峰は晴れているか」
漫画部の内紛を巡る「わたしたちの伝説の一冊」
主人公ホータローの過去を巡る「長い休日」
そして表題作「いまさら翼と言われても」

やはり表題作が、一番心に響きました。

2017年2月16日 (木)

音を楽しむ

音楽って、「音を楽しむ」ことですよね。
改めて、そうなんだな~と納得しました。
思ったようにうまく行かなくて、暗い顔してるようじゃ、だめだなあ、と。

20170212 (1)題名のない音楽会 
2500回記念(2) ウィーンのスーパースター軍団と音楽家たち
を見て。
超一流の音楽家が、お互いに尊敬しあい、刺激を与えあっていることに、
実に楽し気に演奏している様子に、感動してしまいました。
音楽そのものにも、その演奏のたたずまいにも。

20170216_175035 (2)YouTube レッスン動画
ベンジャミン・ザンダーという方、初めて知りましたが、
そのマスタークラス、実に示唆に富んでいます。

演奏家自身が、暗い表情をしていてはいけないよ、
音楽家は、音楽を伝える神父みたいなもの。
神父がくら~い顔をして説教したりしないでしょう。
「俺ってすごいだろう」って自己アピールすることもないでしょう。
音楽を、聞き手と分かち合って、楽しまなくちゃ。
明るい顔でね。

Benjamin Zander Masterclass 2.6 (Part4) Bach Cello Suite No.1 in G Major

2017年2月15日 (水)

バレンタイン2017

今年は、いつもの濃厚チョコレートケーキではなく、
初めてのレシピで焼いてみました。
水切りヨーグルトと、低脂肪生クリームを主体としたケーキです。

クックパッドを参考に。→水切りヨーグルト☆濃厚チョコチーズケーキ

板チョコ1枚半以上入れて(それでも70g強。かつての1枚分)、
なかなか本格的なお味になりました。
なにも飾り付けしなかったので、実に殺風景ではありますが…(^-^;

20170214_084816151_ios  20170214_113141093_ios

2017年2月14日 (火)

バッハ一族とその音楽 第6回

spade第6回 父と子の対決#2 エマーヌエル・バッハとクリスティアン・バッハ 
(2月8日放送)

今さらですが、これ、NHKラジオ第2放送
「カルチャーラジオ 芸術その魅力」という放送を聞いての覚え書きです。
私は放送後に、ストリーミングで聞いていますが。。。

さてさて、バッハの20人もの子どもたちのうち
音楽家になった息子たちの話の続きです。

前回、話題にした長男・フリーデマンと、今回のメイン・エマーヌエルは、
1人目の奥さん、マリア・バルバラとの間の子。
実は父のJ.S.バッハは、政治的になかなかの人物だったらしく、
ドイツが二手に分かれて戦争をしていた7年戦争の時期、
一方の大将(ドレスデンのアウグスト公爵)の下にフリーデマン
もう一方の大将(ベルリンのフリードリヒ大王)の下にエマーヌエル
を送りこんで、
どちらが勝利しても、自身の身は安泰となるように仕組んでいたとか。

エマーヌエルは多作で、バッハ一族の中で一番の出世頭。
疾風怒濤の暴走族的音楽で、生前は父よりも有名になり、
ゴージャスなオーケストラを自由に使える身分にあったのでした。
で、後のハイドン、ベートーヴェンに影響を与える存在となります。

で、負けた側になってしまったフリーデマンはというと、
(アウグスト公爵はマイセンの陶器にのめり込むあまり、斜陽に…)
父に見捨てられた、捨て駒になった、という意識でグレてしまい、
その晩年には行方不明になってしまったのだそうです。

さて、クリスティアンは、2人目のアンナ・マグダレーナとの間の子で
バッハが53歳のときの末っ子。
父と過ごした時間は長くないものの、秘蔵の鍵盤楽器を贈られていて
可愛がられていたことがわかるのだとか。
このクリスティアン、
イタリア、そしてイギリスに渡り、ヘンデル亡き後の当地で活躍。
生涯ドイツに戻ることはなかったとのこと。
(その背景には、前妻の子たちとの不仲があったらしい。。。)
で、後のモーツァルトに影響を与え、
クリスティアンモーツァルトを膝に載せている絵も残っているとか。

さらに、ピアノの歴史との絡みについても言及が。
これらバッハ一族がみな揃って、
ジルバーマンピアノを弾いていたことに注目しましょう、と。
その後、ジルバーマン一族は、グループに分かれ
イギリスへ、あるいはフランスへ、ウィーンへと居を移し、
それぞれの地において、ピアノという楽器の元を作ることになるのでした。

2017年2月12日 (日)

『日々の光』

20170212 ジェイ・ルービン著(柴田元幸・平塚隼介訳)
『日々の光』 新潮社 2015

村上春樹や芥川龍之介の作品の英訳者として知られる
ジェイ・ルービン氏による長編小説です。

戦前のシアトルで日系人に布教をはかる白人牧師が、
日本の中国占領、そして真珠湾攻撃に至るという戦況によって
態度を変化させていく様子は、ショッキングではありますが
理解できることに感じました。

こうして、日系人への逆風が吹き荒れる世論の中、
在米の日系人たちが、どのような処遇を受けたのか。
どのような経緯で移送され、
砂漠地帯の中の強制収容所での生活が、どのようなものだったのか。。。

これは、本当に衝撃的でした。
最終的なゴールとしてのガス室送りこそなかったものの、
実態は、ヒトラー政権下のユダヤ人収容所と同様なものだ、といった記述もあったかと。
このあたりは、読んでいて辛くなります。

ただ、本作の主眼は、ここではありません。
主人公は、冒頭の牧師の息子、ビリー・モートン。
彼が、幼少時に「ミツ」と呼んで慕っていた女性は、いったい誰なのか。。。

いわゆる「母」探しの中で、
彼自身の手で、米社会の中の「日本」を見出し、居場所とし、
フルブライト留学の大学院生として来日。
終戦後もアメリカに対する暗い感情を抱く日本人も含め、
さまざまな日本人と交流するなかで、日本への理解を深めていきます。

少年ビリー、青年ビリーの目を通して書かれる現実と
戦前、戦中の描写が行き来する構成の本書は、
冒頭からスリリング。
そして、ついに。。。

昭和30年代の女性の振る舞い、父親の威厳、等々
ああ、こういう時代だったな……と、改めて気づかされました。

まさに大河ドラマ。
これを1980年代に書いたというルービン氏に脱帽です。

2017年2月11日 (土)

内門卓也 ピアノリサイタル

Riuchi2 内門卓也 ピアノリサイタル

2017年2月10日(金)19時開演 20時50分終演
@ルーテル市ヶ谷センター

<プログラム>

J.S.バッハ: フランス組曲 第5番 ト長調 BWV816
  Allemande  Courante  Sarabande
  Gavotte  Bourree  Loure  Gigue

F.リスト: 3つの演奏会用練習曲
       「悲しみ」「軽やかさ」「ため息」

F.リスト: スペイン狂詩曲

~休憩~

A.リャードフ: 3つの小品
         「前奏曲」「ワルツ」「マズルカ」

S.ラフマニノフ: 幻想的小品 作品3より 第1曲 エレジー

S.ラフマニノフ: コレルリの主題による変奏曲 作品42

アンコール
F.リスト: 愛の夢

***************

昨年11月、フルートの伴奏としてその演奏を聴き(→)、
あまりのうまさに驚いて、今度は是非リサイタルを…と足を運びました。

期待にたがわぬ、素晴らしい演奏でした。
小さな教会のホールでのリサイタル。
大ホールの音響ではない、ほぼ生音で耳に届くという環境で、
ため息が出るような「美音」を聴かせるって、只者ではありません。
冒頭のバッハはもちろんのこと、
リストの「スペイン狂詩曲」、
ラフマニノフの「コレルリの主題による変奏曲」
といった難曲でも、
出だしの和音、一音から、あまりの美しさにハッと目が覚める思いに。

どの曲も安定感抜群。
テンポはかなり自由に揺らしているのに、曲全体の屋台骨はがっちり安泰。
体の中心がしっかり安定している姿勢とも連動するのでしょうか。

アンコールの「愛の夢」
いわゆる耳タコ曲ですが、今まで聴いたうちで一番美しいと思いました。

客席が半分ほどしか埋まっていないのがもったいない!
でも、
聴衆の中には、若いコンサート・ピアニストと思われる方々が何名か。
その方々も、感銘を受けていらっしゃるようにお見受けしました。

2017年2月10日 (金)

『静かな雨』

20170210 宮下奈都 『静かな雨』 文藝春秋 2016

宮下奈都の本、
いままでに6冊以上読んでいるのですが、
この本は、このほかの作品とはちょっと趣が異なるように感じました。

小川洋子や川上弘美を思わせるような、一種の静謐感が。

私としては、
いつもの軽妙洒脱さが感じられる作風の方が好みだなあ
新機軸を目指したのかあ
と思ったのですが、さにあらず。

本作が「著者の原点にして本屋大賞受賞第一作」とのことで、
2004年の雑誌発表作品を単行本として出版した、ということのようです。
納得。
びっくりするほど薄い本なのも、そういう事情だったのですね。

『羊と鋼の森』にはまっすぐにつながっていた。まったく違う物語なのに、根っこがしっかりとつながっていた。

と、今回の出版に際して筆者自身が語ったそうで、なるほどと思いました。
作品テーマのモチーフとしては、そうですね。
自分が惹かれるものへと、まっすぐに向かっていく純粋な気持ち。

でも、私は、今の作風のほうが好きです。
作家としての成長のようなものも感じました。

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