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2017年1月19日 (木)

『世界一ありふれた答え』

20170119book 谷川直子『世界一ありふれた答え』
河出書房新社 2016

通勤の行き帰り一日で読み終えたほどの、薄い本。165頁。
離婚後、ウツ病でカウンセリングに通う40歳女性、積み木まゆこ。
そして
彼女に声をかけた、自分もウツだという若い男性、雨宮トキオ。
この二人を軸に物語は進みます。

実はトキオはジストニアのため、ピアノが弾けなくなったピアニスト。
弾けなくなった自分は、もう終わりだ、と言い続ける彼。
おそらく、このトキオについて書いた書評を読んで
この本を借り出したのだと思うのですが、
読んでみると、まゆこの想念、カウンセリングの実態の方に
注意をひかれました。

pencilカウンセラーの出した宿題
怒りを感じる理由と、それから引き出される結論を、
なるべく具体的にレポートに書くこと

まゆこの書いた結論
downwardright私は人生をムダにした
downwardright私自身に価値はない
downwardright私はバカだ

ここから出発して、発想を切り替えていく様子が描かれるのですが、
このまゆこの出発点に共感を覚えてしまった次第。

「承認欲求が強いと、批判されたときに、自分がダメだと思ってしまう」
「承認欲求に依存している」
「後悔しない人はいない」
「失敗することはいけないことなのか」

カウンセラーがまゆこに投げかけたというこれらの言葉、
自分で自分に投げかけてみることにします。

2017年1月17日 (火)

チョ・ソンジン ピアノ・リサイタル2017

20170117_132807218_ios SEONG - JIN CHO
PIANO RECITAL Japan Tour 2017

2017年1月17日(火)19:00開演 21:25終演
@サントリーホール

<プログラム>

ベルク:ピアノ・ソナタ ロ短調 Op.1

シューベルト:ピアノ・ソナタ 第19番 ハ短調 D958

~休憩課~

ショパン:24の前奏曲 Op.28

アンコール
ドビュッシー:月の光
ショパン:  バラード第1番
ショパン:  英雄ポロネーズ

**********************

衝撃的な演奏会でした。
素晴らしさを超えて。

一点の迷いもない、完成された美。
一音たりとも無駄のない音。
すべての音が存在意義をもち、心に届く。
そんな音楽が奏でられました。


昨日、ネットで聴いたときには「難解なり~」という感想だった
ベルクのソナタでは、クリアな音の粒、新鮮な和音の響きの美に打たれ、

シューベルトのソナタでは、深淵なる世界に沈潜し、

ショパンでは、
雄弁に語りつづけるピアノに衝撃を受け、
テンポの揺れ、とくにスローテンポの美に涙が出そうになり。。。

前奏曲集が、ここまで統合性を持った構築の美の世界だったとは
不覚にも今まで気づきませんでした。
2015年のショパンコンクールでの演奏をネットで聴いたときとは違う、
さらに進化した世界でした。

24曲、非凡なる集中力を保って緊密な演奏をした後に、
アンコールを3曲も演奏してもらえるなんて、なんたる至福!
でも、
ソンジン君、どうぞあまり無理はしないで……と心配になってしまいました。
もう、どこから見ても、とっちゃん坊やではありません。
真のジェントルマンでした。お見事。

サントリーホールに、聴衆の大きな唸り声が響き、
スタンディングオベーションの嵐というのは、めったに見られないのでは。
それだけの価値のあるリサイタルでした。

2017年1月16日 (月)

バッハ一族とその音楽 第2回

spade第2回 ピアノの発明~クリストフォリとジルバーマン

ピアノが初めて制作された18世紀初頭のころ、
バッハは「ピアノは弾きにくい」と言って、ピアノを評価しなかった
というのが定説のように語られているが、これは誤り

この出典は、
ピアノ、チェンバロ等々、鍵盤楽器製作者として一世を風靡した
ジルバーマンの制作によるジルバーマン・ピアノについて、
バッハもジルバーマンも死去した後、
バッハの弟子のアグリーコラという人物が書き残したもの。
その真意は

「バッハ先生は、あの偉大なジルバーマンにも臆せず
意見できるほどの大人物であった!」


ということを言いたいところにある。
バッハがピアノを評価しなかったというのは誤った読みであって、
実際この後、バッハの意見を取り入れて改良したピアノについては
バッハも賞賛した、とアグリーコラ自身が後の方で書いてもいる。

この講座の講師・武久源造氏が長年研究してきたジルバーマン・ピアノは、
なかなかに素晴らしい楽器であって、バッハが弾かなかったわけがない。
ただ、いつ、どう弾いたという記録が残っていない。
バッハはそのような記録を残すような人物ではなかったので、それも当然。

実際の音色を聴くと、
「ピアノ」と言っていても、初期のピアノ・フォルテは、
チェンバロのような音色がするのですね。

実は、ピアノのアクションの発明者はジルバーマンではなく、
イタリア人のクリストフォリだったにも関わらず、
ジルバーマンのほうが著名になってしまった、とか、
新楽器ピアノ・フォルテは、歌曲の伴奏用として人気を博したため、
ヨーロッパ中を演奏旅行する歌手によって広められた、とか
なるほど~と思ったことでした。

2017年1月15日 (日)

寒い日曜のティータイム

寒い一日でした。
東京では雪は降らなかったものの、最高5度とか。
日差しはあっても、空気が冷たい、冷たい。

そんな中、今日は月に一度のピアノレッスンでした。
終えてからのティータイム。甘いケーキに癒しのひととき。

さて、
今週は仕事も年度末の山場を迎えるうえ、怒涛のレッスン・ウイーク。
正念場です。
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2017年1月14日 (土)

 『村上春樹と私』

2017114book ジェイ・ルービン
『村上春樹と私 日本の文学と文化に心を奪われた理由』
東洋経済新報社 2016

NHKラジオ第2

「英語で読む村上春樹」という番組をここ数年聞いていて、
ジェイ・ルービン訳
というフレーズを何度も何度も聞いていたこともあって、
この本を手に取りました。

1941年ワシントンDC生まれというルービン氏、
シカゴ大学在学中、漱石の専門家である恩師の熱意ある講義に触れ、
「日本語で読めたらどんなに楽しいだろう」
と、日本文学を専攻し、明治期の文学の研究を始めたとのこと。
博士論文は国木田独歩!

明治の作家たち、つまり「死んだ人」を研究していた氏、
1989年に、アルフレッド・バーンバイム氏による翻訳で
村上春樹の『羊をめぐる冒険』がアメリカにおいて大人気となって、
春樹を知ったとのこと。
出版社から、翻訳の価値判断を頼まれ、
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を読んで仰天。
春樹ワールドにすっかり魅せられ、ぜひ翻訳すべき、自分が手掛けたい
と猛アピールするも、当初はかなわず。
それでも手あたり次第に村上作品を読んで、授業でも取り上げたとか。

私は完全に村上作品に魅了されたのだ。わざわざ私のために書かれたかのようだった。村上さんのユーモアのセンスが気に入った。時間の経過や記憶の頼りなさのテーマの書き方が好きだった。

一番好きな作品『パン屋再襲撃』『象の消滅』の訳文を書いて
村上春樹本人の住所を調べて郵送したところ、春樹自身から電話がかかってきて…

まるで小説そのものの展開です。
また、翻訳したいと取り上げる村上作品が、
バーンバイム氏ルービン氏で、きれいに分かれる、重ならない、
というのが大変面白く思いました。

春樹との交流のほかにも、
漱石作品との関わりや、三島由紀夫の割腹の衝撃、
誤訳を指摘されての経緯、翻訳というプロジェクトの進め方、支援体制
などについても綴られていて、大変興味深かったです。
ルービン氏、真摯に仕事に取り組まれるかたであり、
家族、周囲の人々に対して常に誠実であることが、随所から読み取れました。

2017年1月12日 (木)

『セカンドハンドの時代』

20170112book スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著 (松本妙子・訳)
『セカンドハンドの時代 「赤い国」を生きた人々』
岩波書店 2016 
(モスクワでの出版は2013年)

著者は、2015年ノーベル文学賞受賞、
1948年ウクライナ生まれの女性作家。
本書、膨大なインタビュー記録の集積で、600ページに及びます。

語り手たちの背景を、訳者あとがきから抜粋します。

1991年8月の「窓の下にはほんものの戦車がとまっていた」クーデターは、改革派のゴルバチョフ大統領にたいして保守派のヤナーエフ副大統領がらが起こしたが、エリツィン・ロシア共和国大統領を中心とする市民の抵抗にあい失敗、三日間で終わった。その結果、ソヴィエト連邦は同年12月に解体、エリツィンが指導するロシア連邦と他の独立した国々にわかれ、ロシアは資本主義に舵をきり市場経済への移行が急速にすすめられた。しかし、ガイダール経済担当副首相(92年1月当時)の主導による「ショック療法」と呼ばれる市場価格の自由化は、国を大混乱におとしいれた。

立場が違えば、ものの見方もまったく違います。
旧ソ連・共産党の中枢にいた人物と、政府による盗聴を恐れて声を潜めて生活していた庶民と…。

第一部「黙示録による慰め」が、1990年代
第二部「空(くう)の魅力」が、2000年代についての記録ですが、
実はまだ第一部を読んだのみ。

とにかく、知らなかったことがたくさん…。
ゴルバチョフ失脚の際に、
ソ連邦大統領顧問、「赤い元帥」アフロメーエフが自殺していた、とか、

19世紀には貴族の屋敷にロシア文化のすべてがありましたが、
20世紀には台所にあったのです。

と述べるように、ソ連時代の国民たちは
政府側の盗聴をさまざまな方略で封じ込めつつ、
本を読み、日々台所に集まっては、親密にあれこれ語り合い、
アカデミックな議論も交わしていた、とか。

ロシア国家となった今、ソ連時代を振り返って、
ゴルバチョフ登場の頃の若いインテリ層、教養人は無邪気すぎて、
解散するのが早すぎた。
気づかぬうちに、ヤミ屋や両替商が政権を取ってしまっていた。
カネ、カネ、カネがすべてになり、インテリ層が没落した今、
共産時代の自由な息吹を忘れない。(p.23)
……という独白に、ハッとさせられました。

そして、
ロシアはなにか並はずれたものを創造し、
それを世界に示さなければならない、そんな気分がいつも漂っている。
神に選ばれし民ということだ。
」(p.16)

という発言に、日本に漂う気分との大きな差を感じました。
こういう土壌があるからこそ、
クラシック音楽界でも、若手演奏家たちの抜きん出た個性が培われ、
ロシアの芸術は豊穣なのだなあ…とも思ったのでした。

2017年1月10日 (火)

バッハ一族とその音楽 第1回

20170110_080908946_ios カルチャーラジオ 芸術その魅力
(水曜20時~20時半 ラジオ第二)

1月4日から新シリーズ開始です。
題して「バッハ一族とその音楽」全13回。
ストリーミングをiPhoneで聴いてみました。

spade第1回 バッハとは何者だったか?

私、バッハの時代にはとんと疎くて、
平均律って何?というレベルなのですが、
この番組、そんな私にドンピシャ!13回連続受講を目指したいです。

講師(鍵盤楽器奏者・武久源造氏)いわく、
平均律という訳語がそもそも良くないのだそうです。
この訳語が生まれた明治時代であれば、

邦楽の音律とは異なり、12音の音階を平均的に割り振った音律」

という理解でも、まあ良かったのでしょうが、
そもそもバッハの時代の音律は、「平均的」に割り振ったとは言えないとか。
原語には「平均」の意味はまったくなく、
「遊び心を持って、うまく調整・調律した」
「うまいあんばいに、いいころ加減に調整した
という意味である、とのこと。
おお!なんだか親近感を覚えます。

バッハの生きた時代(1685-1750  活躍は18世紀)についても

・生前から「音楽界のニュートン」と呼ばれたバッハ
・実は、ニュートンは一世代前の人。「発見して終わり」
・バッハの時代はニュートンではなく、フランクリン。
・フランクリンは発見の応用、ビジネスまで考えた。(雷→避雷針)
・ここに近代科学の萌芽がある。大航海のマゼランしかり。
・バッハもこの時代の申し子。それゆえ近代音楽の父

例えば「平均律クラヴィーア曲集 第1巻第1番 フーガ
この曲集は、
12の短調、12の長調、合計24の調性で書かれた、世界初の曲集
まだだれも「やってみていない」ことを実際にやってしまう。
ここに近代科学あり。
第1番のテーマは14の音(BACHのアルファベット順2+1+3+8=14)からなる。
14にこだわったバッハの署名のようなもの。

ううむ。面白いです。歴史もつながって。
次回のテーマは「ピアノの発明」だとか。
あ、画像は、
ストリームを聴きながら歩いた道すがら、桜並木の夕暮れです。

2017年1月 9日 (月)

大河ドラマの音楽

去年の『真田丸』のテーマ曲演奏者として、
ヴァイオリニスト・三浦文彰くん
メディア露出がずいぶん目立ったように思ったので、
(エンディング・テーマのピアニスト、辻井伸行くんも同様)

今年の『おんな城主 直虎』のテーマ曲は……
と、昨日注目してみていたところ、ピアノ演奏は

ラン・ラン

でした。で、エンディングテーマの演奏(ヴァイオリン)は

五嶋みど

今年はメジャーどころ、海外の大物の演奏なのですね。
両者ともに、さすがの達者ぶりですけれども。
なんとラン・ラン!と、驚嘆しました…百面相はナシですが…sweat02

音楽の担当が
復興ソング「花は咲く」の菅野よう子さん、というのも初めて知りました。
女性にスポットライトを、ということでしょうか。
脚本も、制作統括も、女性のようです。

ドラマそのものについては、毎年ちょっとだけのつまみ食いで、
昨日の第1回もしかり。ということで、
語るものを持ち合わせていません。。。sweat01失礼sweat01

2017年1月 8日 (日)

『ピアニストは語る』

20170108book ヴァレリー・アファナシエフ 『ピアニストは語る』
講談社現代新書 2016

世界的に「鬼才」と呼ばれているピアニストとのことですが、
私は今までよく知りませんでした。
インタビューに答える、という形式で、
率直に、真摯に、時に哲学的に
アファナシエフ氏が論が展開していきます。

第一部「人生」では、
モスクワに生まれ、27歳でベルギーに亡命し、フランスへ移住し、
またベルギーへ戻ってきた人生について、
その葛藤、決断、経緯を。

第二部「音楽」では、
1947年生まれの氏が、音楽に対する解釈を、
どのように発展、変化させ、現在に至ったかを。

「はじめに」では、まず、
氏の抱く、日本に対する賞賛の念が語られます。

日本では人生のハーモニーは、ほんの些細な礼儀正しさから始まります。このことが、本当にファンタスティックだと思います。生活を共にすること、人に会うこと、互いに挨拶を交わすこと、こういったすべてのことが日本では、言うなれば、細かく決められています。(中略)日本にはこの厳密な決まり事が存在し、みながこの決まり事に則って行動している。このことが、素晴らしいと思います。

読み始めは、「ええっ?本当??」なんて思っていましたが、
読み終えて、改めてこの箇所に戻ってみると、
アファナシエフ氏の基本姿勢
~ポピュリズム、自己顕示といったものと距離をおき、深く思索する姿勢~
の現れだったのだなあ、と思います。

ソ連から亡命した多くの芸術家が、ソ連体制について声高に語り、
それによって世の注目を浴び、芸術活動を軌道に載せていったのに対し、
アファナシエフ氏は口を閉ざし、それゆえに世に認められるのが遅れた
とのことですが、
それは、「西側」は実力そのものだけで認められる世界であると信じ、
実力だけで勝負しようという矜持があったから。
もし亡命前に「西側」の現実~ポピュリズムの威力~を知っていたら、
亡命への意識も違っただろう…と語る氏。

人生を振り返って、
自身がゆっくり成長してきた、その長い学びのプロセスは幸運であり、
絶えず発展し、精神と自由を拡げていることが人生から得られる最高の贈り物
と述べる氏は

ある意味では、人は自分の運命をよく聴くべきなのでしょう。タオイズム(道教)の流儀ですね。
人生とは絶え間なくハーモニーを探求すること。そして完全なるハーモニーとは死だけです。(p.168)


ステージに上がるとき、こちらが静寂、そちらが音楽というふうに考えたりはしないものです。ある意味では、静寂と音楽はひとつになっています。ときに静寂は聞こえてくるし、ときに音楽が静寂となる。自分がしていることを聴けば、自然とそのようになります。自分の演奏を聴く、すると音楽は静寂へと育っていくでしょう。音楽は自ずと静けさに向かうのです。(p.154)

と、音楽を語るのです。
著作でも活躍しているという氏の深い思索ぶりが伝わってきます。

今まで何も知らずに来ましたが、
その演奏にも、そして著作にも触れてみたいなあと思いました。

2017年1月 7日 (土)

新年・盛りだくさん

4日:チェロ合わせnote3時間@都内某所A & 同窓会restaurant
5日:コンサート鑑賞notes
6日:仕事はじめpencil & チェロ合わせnote3時間@都内某所B

これに平行して、年末以来、
この4日提出〆切の仕事にも追われ、夜更かし多々。
(一応かっこだけの大掃除とおせち料理づくりも…)

といった日々を送っていたところ、
本日、突如の頭痛と吐き気と寒気に襲われ、
午前中はぐったり臥せっておりました。。。

が、午後になって復活!
行こうと思っていた、友人の歌の発表会があったのですが、
公共交通では間に合わない……とそのとき、
自転車bicycleなら片道30分以内sign01
と判明し、一念発起。
ちゃりちゃりと行ってまいりました。

「オペラアンサンブル・ワークショップ」と題するプロジェクトの
第一期修了生による発表会

みなさん、ちゃんとオペラの衣装をまとい、
演技までこなしながらの堂々たる歌唱ぶりにびっくり。
現在第二期生募集中とのことで、そのチラシにも

近年の国内におけるオペラ・声楽愛好者の増加によって、
オペラやコンサートを鑑賞するだけでなく、
ご自身で演奏される方も多くなりました


とありましたが、ほんと、大人の音楽愛好者のパワーって、
ピアノに限らず凄いのだなあ、と感じ入りました。
がんばって行ってよかったです。
パワーをいただいて帰って来ました。

«Sound of the sky 早川りさこ&植草ひろみ